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お客様は本当に神様なのか?

 長時間労働の一つの原因になっているのが、日本ならではの高品質・高サービスだといわれています。「お客様は神様です」の合言葉とともに、おもてなしの精神を発揮して、徹底的に顧客の要求に応えようとする。そこに無理がかかっているというのです。
 ところが、この言葉、演歌歌手の三波春夫さんが言ったのとは違った意味で使われているのをご存じでしょうか。娘さんが「三波春夫オフィシャルサイト」の中で次のように解説しています。

「三波春夫にとっての『お客様』とは、聴衆・オーディエンスのことです。客席にいらっしゃるお客様とステージに立つ演者、という形の中から生まれたフレーズなのです」

「あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な藝(げい)をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄(うた)うのです。(中略)演者にとってお客様を喜ばせるということは絶対条件です」

つまり、「お客様は神様」というのは、提供する人(主)とされる人(客)の一般的な関係を指した言葉ではなく、演者が観客を異界へと誘う、芸能という特殊な世界での言葉だったのです。

さらに言えば、西洋のサービスと日本のおもてなしは、意味合いが違います。サービスでは、主人と奴隷といったような縦の関係がもとになっているからです。

それに対して、おもてなしの基本は主客対等、すなわち信頼に基づく横の関係です。お互いに相手に対する心遣いをしながら、最高の出会いをつくっていきます。企業が顧客の要求に一方的に応えるのは、おもてなしとは呼べないのです。

過剰品質・過剰サービスを見直す

最近、働き方改革の一環として、自社の品質やサービスを見直す企業が出てきました。

商品の外観の仕上げや包装を簡素化したり、年中無休をやめて正月の間は店を閉めることにしたり、来店者への過剰な声掛けを控えるようにしたり……。それによって、捻出した時間やコストを本来かけるべきところにかけ、生産性を向上させようというのです。

今までやってきたサービスをやめるのは、勇気が要ります。顧客の期待が高いものをやめると、顧客離れを招きかねないからです。

そこで活用したいのが「バリュー分析」(CS/CE分析)です。顧客の満足度(CS=Customer Satisfaction)と顧客の期待値(CE=Customer Expectation)を比較し、顧客が支払うコストに応じた価値を提供することを目指します。

企業と顧客の意識のギャップをあぶり出す

タテ軸に顧客の満足度(CS)、ヨコ軸に顧客の期待度(CE)を取ったマトリクスをつくります。そこに、商品が持つ機能やサービスの内容を、アンケートやインタビューをもとにマッピングします。そうすれば、作り手(企業)と受け手(顧客)の間にあるギャップが明らかになります。

満足も期待も高いものは触ってはいけません。商品やサービスの価値の源泉になっているものであり、現在の水準を維持していかなければなりません。

問題となるのが、期待が高いのに満足が低いものです。早急に商品やサービスを改善しないと、顧客の不満が高まり、顧客離れを引き起こしかねません。逆に、うまく改善できれば、新たなお客の獲得につながり、チャンスと見ることもできます。

逆に、期待が低いのに満足が高いものは、過剰品質・過剰サービスになっていないか、吟味する必要があります。思い切ってやめてしまう、スペックを少し下げる、できるだけヒト・モノ・カネをかけずやる手立てを考える、といった施策を取ります。働き方改革で狙うべきはこの領域です。

加えて、満足も期待も低いとされたものも、緊急性は低いものの、できるだけコストをかけず、効率的にやれるようにしましょう。そうやって、顧客に与える価値を最適化するのにバリュー分析を活用するのです。

ムダを切り捨てればよいというのではない

バリュー分析では、それぞれの機能やサービスを独立なものとして扱っています。実際には相互に関係があり、安易に切り捨てると他に悪い影響が出て、足をすくわれないとも限りません。

「見えないところに気を配るからこそ、全体の質が上がる」という考えもあります。まさに「神は細部に宿る」であり、本当に意味がないかどうか、注意深く判断する必要があります。

また、品質やサービスを見直す際には、自社や顧客の都合だけで決めるわけにはいきません。ヨソ(競合)がやっていたら、ウチもやらざるをえなくなるからです。こういった横並び意識が、過剰サービスを生み出す一つの要因になっているのですが……。

加えて、バリュー分析では、今提供しているものは検討できても、やっていないものは評価できません。実際には、顧客が期待していないものを提供したときにこそ、大きな驚きと深い満足が得られます。各社、そこを狙うから、果てしないサービス競争になってしまうわけです。

つまり、フレームワークはあくまでも分析のツールであって、結論を導くものではありません。分析から何を判断するかは、フレームワークの使い手にかかっています。業界の先駆者として大きなリターンを得るのか、正直者がばかを見るのか。勇気と決断が求められるわけです。

堀公俊
 日本ファシリテーション協会フェロー。大阪大学大学院工学研究科修了。大手精密機器メーカーで商品開発や経営企画に従事。1995年からファシリテーション活動を展開。2003年に日本ファシリテーション協会を設立し、研究会や講演活動を通じて普及・啓発に努める。著書に「問題解決フレームワーク大全」「会議を変えるワンフレーズ」など多数。

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