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専門家の判断は信用できるか?

 この仕事は自分にしかできない。その思い込みが働き方改革を妨げている、ということはないでしょうか。それを考えるヒントに、心理学者P・ミールの有名な研究をご紹介しましょう(D・カーネマン「ファスト&スロー」早川書房)。

訓練を積んだ専門のカウンセラーに、新入大学生の1年後の成績を予測してもらいました。1人当たり45分間の時間をかけて面談した上に、様々な資料もチェックして。

一方、高校時代の成績と適性テストの結果から計算(アルゴリズム)で割り出した数字があります。すると、専門家14人のうち11人の予測は、機械的に割り出したものを下回る結果になりました。再犯の予測など、そのほか20種類の調査でも、おおむね同様の結果になったそうです。

この研究は、世界中の心理学者にショックを与え、以後50年にわたり200件以上の追試が行われました。残念ながら結果は変わらず、60%でアルゴリズムが人間を大幅に上回る精度を示し、残り40%が引き分けになりました。「自分しかできない」というのが怪しくなったわけです。

もちろん、この話を仕事全般に当てはめるのは無謀です。真のプロフェッショナルだけが持つ匠(たくみ)の技があるのも事実です。

しかしながら、熟練した専門家の高度な判断ですらこのありさまです。仕事の自負心を持つのは結構ですが、「自分にしかできない」という点は、一度疑ってみても悪い話ではないのではないでしょうか。

属人的なやり方を標準化する

今回のテーマは仕事の成熟化です。それを考える一つの尺度になるのが、CMMI(Capability Maturity Model Integration)です。組織やプロジェクトの業務プロセスがどれだけ管理されているかを、5段階で評価したものです。

一人ひとりが、行き当たりばったり仕事をしたのでは、効率があまりに悪いです(レベル1)。できたかできなかったかの判断もできず、個人の力量を信用するしかありません。

業務目標を立て、仕事の要件を決め、計画をつくるところからマネジメントは始まります(レベル2)。それがないと仕事の管理ができません。

手順、手法、判断基準、ツールなど、業務プロセスが標準化されていれば、誰がやっても同じ結果が期待できます(レベル3)。仕事が個人から組織のものになります。

仕事に応じた成熟化を目指す

さらに、仕事が定量化できるようになれば、実績が統計的に管理できます(レベル4)。結果が予測可能になるわけです。これが、冒頭で述べたアルゴリズムの話です。

すると、定量的な理解をもとに、仕事が継続的に改善できるようになります(レベル5)。さらに最適な仕事を追究していけるようになるわけです。

CMMIを使って会社の業務を横ならびで診断すると、成熟化の進展度合いが一目瞭然となります。成熟度の低いところは、標準化や定量化を進めることで、働き方が変えられます。属人的な仕事を属事的な仕事に変えるわけです。

ただし、職種によって管理のしやすさが違います。実際には、標準化が難しい仕事もあります。すべての部署がレベル5を目指す必要はありません。

業務に応じて目標レベルを設定し、着実に達成することが大事です。それぞれに仕事に適した成熟化を目指すようにしましょう。

仕事を定型化しようとすると、少なからず抵抗があることも覚悟しなければなりません。人の感情はマネジメントしにくく、やり方を間違えると逆効果となります。

新しい仕事に挑戦するために欠かせない

そもそも、仕事の標準化なんて誰もやりたくありません。勝手気ままにやるほうが楽しいに決まっています。堅苦しいマニュアルを押しつけられるのはまっぴらごめんです。慣れ親しんだ仕事のやり方を変えること自体、苦痛を伴うものです。

それに、冒頭の話を思い出してみてください。「標準化されたアルゴリズムに任せることにしたので、専門家は口出しするな」と言われたらどんな気持ちになるでしょうか。

「自分しかできない」「自分が役に立っている」と思うからこそ、人は頑張るものです。今まで情熱を注いできた仕事が、誰でもできるものになったら、気力がうせてしまいます。自尊心を守るために、定型化にあからさまに抵抗するやからも現れてきます。

そうではなく、本当に自分にしかできない仕事をつくるために、自分以外でもできそうな仕事を標準化するのです。新しい仕事にチャレンジしていくために欠かせないものなのです。

標準化は、会社だけではなく、当人にも大きなメリットがある。そのことを、みんながしっかり共有できるかどうかが鍵となります。

しかも、標準化は一度やったら終わりではありません。時間とともに必ず属人的あるいは部分最適な仕事のやり方がはびこるようになります。たまったほこりを定期的に払いながら、どんどん新しい仕事のやり方を開発していきましょう。

堀公俊
 日本ファシリテーション協会フェロー。大阪大学大学院工学研究科修了。大手精密機器メーカーで商品開発や経営企画に従事。1995年からファシリテーション活動を展開。2003年に日本ファシリテーション協会を設立し、研究会や講演活動を通じて普及・啓発に努める。著書に「問題解決フレームワーク大全」「会議を変えるワンフレーズ」など多数。

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