ライフコラム

梶原しげるの「しゃべりテク」

お茶の水女子大から競艇レーサーへ 大胆転身の理由

2018/3/22

■体で覚える「秒単位の行動」

梶原「親との連絡は?」

中村「もちろん手紙。親子で手紙って、新鮮な体験でした。父や母の、直筆の文字の向こうに顔が見えてくるんですよね。母は、毎週必ず書いてきてくれました」

梶原「手紙といっしょに生写真が送られてくる?」

中村「手紙以外の、形のあるものをやり取りしてはならない決まりです。私、家では、モルモットのモルちゃんていうペットを飼っていて、別れて一番つらかったのはモルちゃんでした。親はひそかに彼の写真を薄い便せんに印刷して手紙として送ってくれました!」

梶原「所内のコミュニケーションは?」

中村「女性は5人。私のように現役の大学院生もいれば、現役高校生(15歳以上可)や、ついこの間まで女性警察官だった人もいて、いろんな話が聞けて楽しい!」

梶原「キツいことは?」

中村「起床6時は何でもないんですが、6時を1秒過ぎても、1秒早めてもダメという『全てを秒単位で行動する』という時間感覚が、最初は大変でした。レースは0コンマ0何秒の差で勝ち負けを競うんですから、今は当然な気もします」

梶原「うれしかったのは?」

中村「研修の全てが終わったところで『終了記念競走』というレースを同期生と競うんです。この日は親の参観が許され、その親の目の前で私が1着を取れたことです!」

彼女の、プロのボートレーサーとしての初戦は17年11月9日、強風で水面の荒れた東京平和島だったが、先輩レーサー達を相手に6艇中、5着同着。ビリを免れた、なかなかなスタートだ。

梶原「今後どうなりたいですか?」

中村「早く、舟券に絡めるようになりたいです」

1着2着3着の順番を当てる「3連単予想」のどれかに自分の乗る艇が「絡む」=「3着以内に入る」ことを狙うことを意味する「業界表現」もすっかり板に付いた中村選手。

「リケジョの転身」は案外、うまく行きそうな気がする。

※「梶原しげるの「しゃべりテク」」は隔週木曜更新です。次回は2018年4月5日の予定です。

梶原しげる

1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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