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創業100年に迫る伝統を受け継ぐ大倉陶園の洋食器デザイナー、西舘弘子さん

創業100年に迫る伝統を受け継ぐ大倉陶園の洋食器デザイナー、西舘弘子さん

洋食器メーカー「大倉陶園」は2019年に創業100年を迎える。伝統の技術とものづくりの心を受け継ぐデザイナーは陶磁器の「白」を大切にする。企業理念に据える「良きが上にも良きもの」を作り続けるための仕事術を、西舘弘子デザイナーに聞いた。

◇  ◇  ◇

大倉陶園は1919年に東京・蒲田で創業した洋食器メーカーです。「仏国のセーブル、伊国のジノリー以上のものを作り出したし。良きが上にも良きものを」という創業者の信念のもと、高級美術陶磁器づくりにこだわり続け、2019年に創業100年を迎えます。

古くは1937年に政府から要請を受け「パリ万国博覧会」へ出品しています。74年には「赤坂迎賓館」の新装にあたり、4820ピースもの御用洋食器を納めました。2008年の洞爺湖サミットの晩餐会用の食器もご用命にあずかりました。大正、昭和、平成と時代を越え、国内外の晴れ舞台で、日本を代表する洋食器として使われてきました。

絵付教室アシスタントからデザイナーへ

私は美術大学を卒業して大倉陶園に入社しました。初めは絵付教室「オークラ・チャイナ・ペインティング・スクール」のペインティングアシスタントの仕事をしていました。絵付教室といっても大倉陶園の伝統技法による絵付を5年かけて学ぶ学校です。私自身もそこでベテラン講師の手技を間近に見ながら、絵付技術を学びました。

10年ほど前にデザイン室配属となり、現在は大先輩のデザイナーたちと席を並べて商品のデザインをしています。私は主にカップやお皿、インテリア商品の絵柄を担当しています。

大倉陶園では大量生産品の開発は少なく、毎年発売する干支やクリスマスに関する商品、「コレクターズクラブ」の記念品などのほかには、企業や個人のお客様からオーダーを受けてお作りするオーダーメイド品の開発があります。加えてこの数年は創業100周年の記念シリーズの商品開発が加わり、デザイン室もにぎやかな日々が続いています。

伝統技法から化学的知識まで求められる

デザインの仕事はまず「絵紙」と呼ばれるデザイン画を作成し、それが立体の製品として完成するまでの工程を設計していきます。デザインを考えるためには、すべての絵付けの技法とその特徴を理解していなければなりません。白磁にコバルト絵具で絵付けする「岡染め」や、金色の連続模様を浮き立たせる「エンボス」など、高度で専門的な技法がいくつもあります。

多くの人から話を聞くと、デザインのヒントをもらえるという

多くの人から話を聞くと、デザインのヒントをもらえるという

技法だけでなく、焼く前と後で色が変わる顔料や釉薬(ゆうやく)の技術なども理解していなければなりませんし、混ぜると退色する色の掛け合わせといった化学的知識も必要です。作品にどの技法を使うか、何を描くか、どうデザインするか。考えることはたくさんあります。

様々な意見に耳を傾ける

デザイナーの人数は現在3人。女性は私だけです。先輩方は20~25歳ほど離れています。新しい商品開発の企画が営業担当者によって持ち込まれると、大きな案件の場合は全員でデザイン画を作成。三者三様のデザイン案を出します。お客様の要望を満たす最終デザインに到達するには、何度もデザイン画を描き、修正も重ねます。

私はすんなり前に進まなくても、いろいろな人の意見に耳を傾けながらデザインしたいと思っています。そうしないとより良いものにはなっていきません。デザイナーの先輩方の意見はもちろんのこと、実際に店頭で商品が並ぶ姿を見届け、お客様と言葉を交わしている営業担当者の意見も貴重です。

いつでも誰からでも意見をもらえる環境をつくり、コミュニケーションを取りながらどんな意見も聞き入れて、自分の中でヒントを吸い上げていく。そういう体制を整えておくことが「良きもの」に近づく一歩なのではないかと思っています。

大切な「白」をどう生かすか

私がデザインを考える中でいつも心を配るのは白磁の「白」の美しさをどう生かすかです。100年前と変わらない原材料を使い、今も本社敷地内の窯(かま)で、世界でも類を見ない1460度という高温で焼き上げて作り出す「オークラのホワイト」。その白が生きるためには余白づかいが肝心です。

本物を感じることも大切にしています。以前、「軽井沢」をテーマにした6客セットのティーカップシリーズをデザインすることになった際は、軽井沢へ行き草花を調べるところから始めました。軽井沢にはどんな花がどう咲いているのか、それぞれの花はどんなポーズ、どんな表情が素敵なのか。そして、どんな6種類にしたら、一そろえになったときのバランスが良いか、紅茶をいれた際にはどう見えるのかなど、考えを巡らせながらデザインを詰めていきました。このときももちろん「白」が映えるデザインを心がけました。

ソーサーの色も、ベージュ、淡いモスグリーン、ブルーグレーなど、工場の職人とともに何色も試し焼きをして検討しました。同じ敷地内の歩いていける場所に工場があり、職人たちとじかに技術検討を重ねながら商品づくりができるのはとてもいい環境です。

伝統を受け継ぎながら、新風も取り入れて

私は、かつて大倉陶園のデザイナー兼社長だった百木春夫に憧れてこの会社に入りました。伝統ある陶磁器メーカーのデザイン室の一翼を担っている今、まず大事にしたいのは、偉大な先輩方が受け継ぎ守ってきたものを変わらず受け継ぐことだと思っています。白を大切にすることや、本物の自然に触れながら製作することも大倉陶園の伝統のひとつだと思います。

アートや自然から学び、「次の100年」に目配りを怠らない

アートや自然から学び、「次の100年」に目配りを怠らない

そんな伝統を守りながら、これから先の新しい100年を見据えて、若い世代にも受け入れられるような、新しい風を感じるデザインも取り入れていきたいと思っています。それが形状なのか、絵柄なのか、技法なのかはわかりませんが、個人的には新しい技法を取り入れた作品に挑戦していきたいです。

私は食器が好きで、作り手でもありますが使い手でもあります。デザインする際にも、料理が盛りつけられた状態をイメージして作っています。食器は使ってこそ生きるもの。器が良いと、お料理も実力以上においしく感じます。皆さんもお気に入りの食器があったら、食器棚の奥にしまっておかずに、ぜひ日常的に使ってみてください。

取材後記

取材で訪れた、横浜市戸塚区にある大倉陶園の本社敷地内は建物が低層で空が広く開放的な雰囲気です。通路脇には様々な植物が植えられていました。「食器のモチーフとして描かれているバラをはじめ花もいっぱいです。取材が5月ごろだったらきれいでしたね」と、春の写真を見せてくれました。こうした環境づくりも、芸術と自然のつながりを重んじた創業者の思いを受け継いでのことだそうです。展示室や併設ショップではそれぞれの食器に隠された物語を聞き、まるで美術館を巡ったような気分になりました。

西舘弘子
 大倉陶園・デザイナー。美術大学を卒業後、2001年に大倉陶園に入社。オークラ・チャイナ・ペインティング・スクールの講師アシスタントを経て、06年からデザイン室デザイナー。国家検定一級技能士。一児の母。東京都生まれ。

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