出世ナビ

梶原しげるの「しゃべりテク」

不登校からTOEIC達人に ABCから始めた英語学習

2018/2/8

TOEIC対策を意識して英語を学ぶ人は少なくない。 写真はイメージ =PIXTA

 「苦手意識を持っているモノって、実は憧れの裏返しじゃ無いかと思うんです」

 こんなカッコいい言葉をサラッと口にしたのは、名だたる企業や大学から引っ張りだこの、人気TOEIC講師・早川幸治さん(ニックネームはJay)。彼は10年ほど前、私が主宰した「おしゃべり教室」に参加してくれた生徒さんの一人だ。

 彼らには、時々の関心事をテーマにして仲間を前にスピーチしてもらい、それを互いに評価し合う。私もたまに「えらそうに」コメントしたり、なんてスタイルをとっていた。

 当時のJayの表現スキルは、他の、人生経験豊富な商社マンや辣腕女性秘書といった生徒さんたちに比べると「今ひとつかなあ……」という感じもあった。

 しかし彼のユニークなところは、「性懲りもなく」同じテーマを物おじすることなく「手を変え品を変え」繰り出すところだった。それは「TOEIC」についてだった。

 テーマは「TOEIC と私」「TOEICで上げる生産性」「TOEICの目指す未来」などなど。「世間はこんなに広いのに、他に興味はないの?」「君はTOEICの回し者?」。思わずそんな言葉が私の口をついて出そうだった。

■しゃべりの師匠さえも「洗脳」

 楽天、ユニクロが「社内の英語公用語化のためTOEIC導入」というニュースで盛り上がる以前で、世間では今ほど「TOEIC」が関心を集めていなかった気がする。「大学入試を英検で」だの、「採用基準にTOEICを」なんて類いの話も聞こえてきていなかった。

梶原講師「テーマには多様性が大事なんだよね」

 えらそうに「助言」した私が、気が付けば、Jayのスピーチにすっかり感化されていたことに後で気が付く。

「これからの日本は、英語かもしれないなあ。仕事先の半分が海外ってとこ増えてるしなあ」(梶原)

 この年(とし)になった今でも年に何度か「うっかり」TOEIC受験してしまうのは、「Jayの洗脳」がいかに強力だったかを物語る。

 先日、Jayから電話があった。「ネットでラジオを始めました。先生(私のこと!)、時間の空いたときに出ていただけませんか?」。本番ではインタビューされるはずが、悪いクセで、私の方がJayに聞きまくることになってしまった。

梶原「今さらこんなことを聞くのも何だけど、いつから英語にとりつかれたんだっけ?」

Jay「言いませんでしたか?僕、中学校のとき、不登校になっちゃったんです」

梶原「ほお、思春期はいろいろあるよねえ」

Jay「そんな僕でも温かく迎えてくれた高校が私立の商業高校。相変わらず勉強は全然ダメだったけど、就職するには簿記ができたら武器になるかな、ぐらいのつもりで簿記検定を受検したら、成績はともかく、ゲームっぽくて面白かった。簿記にじゃなくて検定っていうものにハマったんです。それ以降、電卓検定、漢字検定、そして英検と立て続けに受験しました」

梶原「そこで英語にたどり着いたんだ」

Jay「いえ、高校2年で受けた英検は4級(中学レベル)で落ちました。英語に興味があったわけじゃないから、じゃあ別の検定、って感じ。愛着のない英語には、悔しいとかいう感情がまるで湧かない」

梶原「じゃ、いつ、英語好きになれたの?」

Jay「高校3年生になって『大学の卒業証書も必要かな』と受験準備のため、近所の塾で国語と英語を習うことを決意。入塾テストで『英語は中学1年生初期レベル』と判定され、アルファベットをノートに書き写すところからやり始めたら、英文字が新鮮過ぎて、楽しい、楽しい!」

「子供みたいに夢中で教科書にある英語を書きまくってました。この4カ月で中学3年の英語が理解できちゃったんです! まさにスポンジが水を吸収するよう。あっと言う間に高校3年レベルに追いついちゃった! 脳が待っていたんですね。『ここまで勉強を我慢しておいてよかった』。そう思いました」

■YMCAで英語漬け TOEIC対策抜きで800点超え

梶原「で、大学?」

Jay「その商業高校にはしばしば専門学校が生徒募集の説明会にやって来たんです。中で横浜YMCAの英会話コースの先生の話にひかれ、大学じゃなくて自分はこっちだと決めて正解でした。

「少人数での英語漬けの日々。対策ゼロで受験したTOEICが755点。英検4級落ちた次の英語のテストですから驚きでした。その後あっという間の800点超え、940点とるまではTOEIC対策なんてまるでやらずにです」

梶原「完璧だ!」

Jay「いえ、その先に難関が待ち構えていました。ペーパーテストは問題なかったんですが、英語って人前で話せて何ぼってとこがあるでしょ? ところが僕は人前が何より苦手。ネイティブみたいに身振り手振りを交えて英語で話すなんて考えたくもない。そんな私がスピーチコンテストに出ることに」

梶原「おいおい、すごい決心だったね」

Jay「苦手を苦手のまんま放置したらまずいと、頭の中で警鐘が鳴り響くのが聞こえました。その頃、ビル・クリントン(元米大統領)の演説ビデオをカセットテープに録音して、密かに練習していまして。でも、自分が人前でなんて、考えもしなかった。それなのに『早川君どう?』と言われ『無理です』と答えたつもりが口から出たのは『やります』で、一番驚いたのは僕でした」

 自分で5分間分の原稿を作り、千回、万回と声に出し、口に身体にたたき込んで4カ月。本番では勝手に言葉がほとばしり出た。クリントンが憑依していた感覚だったらしい。全国大会でも思わぬ評価を得た若き日の彼。

Jay「いまだに当時の自分にかなわないと思うことがある。人生を変えようだなんて大それたことを考えたわけじゃないけど、あの瞬間、変わったって思います」

■今や英語の伝道師 売れっ子講師、教育会社社長に

 その後、彼は、友人たちに2年遅れて大学に進み、将来は英語教育活動を軸に生きていきたいと考えていた。そして、そのためには米国留学も、と。

 留学を実現させるための費用を稼ごうと探したバイト面接で、たまたま地元の小さな英語塾に拾ってもらえた。

「こんな未熟な自分でやれるだろうか? 人に教えるなんてそもそも苦手だし」

 おそるおそる始めた「英語塾教師」が意外にも好評を得て、それが今の「人気TOEIC講師」にまでつながっているらしい。

 ひょっとしたら、留学で出会ったかも知れない人数よりも多くの英語ネイティブの友人たちに囲まれ、今、彼は英語教育関連会社の社長として東奔西走の日々だ。

Jay「苦手意識を持っているモノって、実は憧れの裏返しじゃないかと思うんです。人前で話すのは今でも苦手です。10年前、先生(私?)の教室に通ったのも、苦手意識の向こうにある憧れを手に入れたいって気持ちの表れだった気がします。そもそもどうでもいいものに苦手意識なんて持たないんじゃないかなあ」

 苦手なことだらけの私は「憧れの総量が人より多いだけかも知れない」と自らを鼓舞することにした。

※「梶原しげるの「しゃべりテク」」は隔週木曜更新です。次回は2月22日の予定です。

梶原しげる

 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

出世ナビ新着記事

ALL CHANNEL