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セカンドキャリアのすすめ

今は個人芸の時代 会社員も「匿名」を捨てよう

2018/2/7

副業では別の名刺を使うほうが自分を売り込みやすい。 写真はイメージ=PIXTA

 1998年の当時は、ビジネススクールの講師を務めるにあたっても、勤め先だった旭化成の名刺を使っていました。「副業でやっています」と自己紹介しながら。ほかに企業研修なども請け負っており、その場合でも同じでした。

 しかし、名刺を受け取る人の側に立ってみると、「旭化成社員であることと、受け取るサービスの品質とは関係ないのではないか」と思ったのです。もちろん、著名な大企業社員だから、何らかの「担保」にはなるでしょう。社会的に悪いことはしないとか、守秘義務に対する理解と責任とか。

 とはいえ、それはあくまで「旭化成ブランド」が担保するものであり、私が提供するサービス、例えばマーケティングの知識の品質や講義能力を裏付ける資質とは無関係です。「旭化成」という大看板に守られているということは、人は「私」を見るのではなく、「旭化成」のほうをより重く見てしまうのではないか。

 そうすると、「阪本ブランド」は「旭化成」と干渉を起こして、うまくないのではないか。いくら頑張ったところで、「旭化成」の看板の影に「阪本」が隠れてしまう。これって、匿名と同じなのでは? そして匿名は、相手にとって無責任とは思われないだろうか。

 そんな気持ちでいたある日、ビジネススクールで「消費財マーケティング」を講義中のことでした。受講生がグループディスカッションしているのを眺めながら、ふと「そうだ、名刺作ろう」と思いつきました。

■自分を棚卸しして、名刺のデザインを決める

 名刺を作ると決めたはいえ、どうやればいいのかわかりません。当時、会社は持っていなかったから、屋号になるが、それはどうする? デザインは? メールアドレスはパソコン通信のものがあったので、それでいい。では、電話番号は?

 会社の名刺なら総務担当に言えばすぐに届けられました。でも、当時の私には、そういう「いちいちすべてを自分で決めなければならない」ことが大変ながらも新鮮で楽しかった。

 今でこそ名刺を何枚か持つ人は珍しくありませんが、当時は副業がおおっぴらには言えない時代背景でしたから、会社へ隠し事をしているような気持ちがしたことも覚えています。

 ハワイが好きなので、椰子の木から連想して「Palmtree Inc.」と屋号を定め、あとは氏名とメールアドレスだけを記載したシンプルな名刺が出来上がりました。ちなみに独立後、この屋号を使って会社を設立しましたが、米国人が発音すると「パームツリー」とはおよそ似つかない「ポントリ」になるので、自分の会社を呼ばれているとは気づかないという笑い話もありました。

 Palmtreeの名刺を作ったことで、「よし、このブランドを高めるんだ!」と意欲が湧いてきました。「旭化成」という大看板の影に隠れていた、匿名に近い自分の立ち位置を、表にしっかり立たせる心理的効果がありました。舞台袖にいたのが、舞台中央に引っ張り出されたといった感じでした。

■「寄る大樹」のない時代が来た

 会社や組織はその性格上、個人が「薄まる」性質を持っています。誰しも社外に出たときは「会社の看板を背負っている」という意識がどこかにあるはずです。つまり、「自分<会社」という不等号が成立するのです。

 しかしながら、会社の寿命は個人のそれより長いわけではないのが昨今の環境です。高度経済成長時代、会社は成長し続け、個人より長生きしたから、『寄らば大樹の陰』でよかったのです。期間30年の住宅ローンを組んでも、30年後に会社は存在し、給与は保証されていました。

 ところが、現在、そのようなハッピーな前提は成り立ちません。誰もが認める著名大企業でも、あっという間に倒産する時代です。あるいはどこかの外国資本にM&A(合併・買収)されて自分の所属部署が消失してしまうこともあります。そしてそれらの事前察知はほぼ無理です。会社をいつ「卒業」するのか、先読みしづらい、寄る大樹がない時代。ならば何に寄るかというと、自分しかありません。

 あなたは初対面の人に、どう自己紹介しますか? 副業時代、「旭化成で建材の営業をしています。役職は部長代理です。担当商品は……」という自己紹介をしつつ、「違うなあ」と思っていたことも、名刺を作ろうと着想した理由の一つです。「建材の営業」も「部長代理」も「担当商品」もすべて旭化成に関する属性であり、私自身を何も説明していないからです。

 会社の説明なしに自己紹介できる「何か」があるのとないのとでは、会社「卒業」後の人生が変わってきます。先述のように、「いつ会社を『卒業』するのか」がまったく読めないのが今の環境であるなら、日ごろから「セカンドキャリア」をイメージし、会社ではなく自分自身の「できること」「役立てること」について整理し、わかりやすく説明できるよう準備する必要があります。そう、「寄らば大樹の陰、匿名のしっぽ」を自ら切る意志を持ちましょう。そして準備するのです。

■匿名から個人芸へギアチェンジ

 幸い、環境は追い風です。フェイスブック、ツイッター、ライン、インスタグラム、ユーチューブなど、SNS(交流サイト)全盛の時代。1人1台のスマートフォンを持ち、24時間365日肌身離さず持ち歩いて、目覚まし時計代わりに枕元に置いている人も多い。そんな「つながりっぱなし」の社会だからこそ、個人が前面に出て、自分の得意技を披露し個人ブランドを確立するのがやりやすい環境にあります。

 にもかかわらず、SNSに顔出し実名で投稿するのをためらう大企業社員は多い。部下のSNSをこっそり見ている「ピーピング上司」が増えているそうです。「あいつ、休暇取っていると思ったら、ハワイ行ってたんだ。こっちはその間忙しかったんだぜ」みたいな同僚のやっかみも面倒くさい。炎上でもしたら関係部署への説明のほうが気が遠くなるほど大変――。ネガティブな心配が先に立つかもしれません。

 とは言え、SNSで個人芸を鍛えておくことは現実の仕事で重要なスキルになりつつあります。ある消費財メーカーで実際にあったことです。「お客様との関係性を耕す施策」について戦略の見直しをしました。「これまでは販売店を通じての間接的なものだったのが、SNS全盛の環境を背景に直接一人ひとりとつながる必要がある」と、180度の転換です。

 こういった場合によく出るアイデアが、「じゃあ、SNS投稿については外注しよう」です。これでうまくいった事例を私は知らないので、「直接やりましょう」と提案しました。ところが、そこにいる誰もSNSの経験がないのです。アカウントすら持っていない。人間、触ったことのないものには腰が引けるのが自然です。これでは戦略のバリエーションが狭くなってしまいます。そして、もちろん、会社を「卒業」しセカンドキャリアを迎え、転職する、あるいは独立自営する場合でも、個人芸がしっかり立っていることが何より重要です。

 匿名のしっぽを切りましょう。あなたがあなたである個人ブランドを確立させるのです。そのためにSNSは絶好の練習場所になります。そして、逆説的ではありますが、あなたが個人芸を磨けば磨くほど、組織内でも「欠くべからざる人材」になっていくことでしょう。

「セカンドキャリアのすすめ」は水曜更新です。次回は2月14日の予定です。

阪本啓一
 経営コンサルタント、ブランドクリエイター。1958年生まれ。大阪大学人間科学部卒。旭化成で建材営業に従事したのち、2000年に独立。経営コンサルティング会社「JOYWOW」を創業。著書に『「こんなもの誰が買うの?」がブランドになる』など。

「こんなもの誰が買うの?」がブランドになる 共感から始まる顧客価値創造

著者 : 阪本 啓一
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