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独立起業を目指す人にとって、仕事とプライベートは切り離すべきものなのか=PIXTA

独立起業を目指す人にとって、仕事とプライベートは切り離すべきものなのか=PIXTA

ほぼ20年前にあたる1998年12月のことです。当時の私は旭化成の社員で、建材「ヘーベル」の営業担当。年末の休暇を利用して日本から「トム師匠(勝手に師匠と呼んでいました)」へ会いに行ったのでした(編集部注:トム・ピーターズ。米国の経営コンサルタント。『エクセレント・カンパニー』の共著者)。独立したいという気持ちはありましたが、まだ具体的なプランなど何もなく、ただ漠然とした思いがあったにすぎません。

着いた、ここだ。ハミルトン通り555、パロアルト。米スタンフォード大学で有名なシリコンバレーの街。私は事前アポイントメントなしで、あこがれのトム師匠のオフィスを訪問しました。目的? ただ会いたかったというミーハー気分です。玄関で呼び出すと、女性が出てきました。「私、ニホンから来ました。トムのファンです」みたいな片言の英語で、持参したトムの本を見せながら面会希望を伝えました。

「アポイントはありますか?」「いや、ない」「なければ無理です」。そんな押し問答をしていたら、中から「どうしたの?」という感じで紳士が出てきました。「まあ、わざわざ日本から来たんだから」というところでしょうか。中へ招き入れてくれました。この人物こそ、リーダーシップ論の権威、ジェームズ・M・クーゼスでした(不勉強だった私は知りませんでしたが)。当時、ジムはトム・ピーターズ・グループ の会長兼CEO(最高経営責任者)をしていました。ジムはベストセラーの自著『The Leadership Challenge』(邦題『リーダーシップ・チャレンジ』)にサインしたうえでプレゼントしてくれました。さらに、社内も案内してもらえました。あいにくトムは不在でしたが、「いずれ独立して、自分で会社をやるなら、こんな会社にしたい!」というイメージがもくもくと湧いてきました。

とりわけ、クレアという女性スタッフとの対話が印象的でした。

阪本「何の仕事をしているの?」

クレア「私たちは、生み出しているのよ(create something)」

「何の担当?」というぐらいの軽い気持ちで聞いたつもりだったのに、「クリエイト」という言葉が返ってきて、びっくりしました。

自分の仕事を愛しているだろうか?

クレアは従業員のポジションでありながら、独立自営のオーラをまとっていました。それは、彼女の仕事への姿勢が「生み出す」という言葉ににじみ出ていました。もちろん、厳しいシリコンバレーの地で、「生み出す」ことなしに給与だけをもらえるようなことはなかったのでしょう。

自分は仕事を「生み出す」より「処理」してきただけなのではないか?

帰途の飛行機で「自分は何を生み出せるのだろう?」と自問しました。入社して17年、「仕事ができる」という自負はありましたが、その「仕事」って、何だったのだろう? 「処理を上手にできる」だけなのではないのか? 同じ旅で出会った、シリコンバレーで活躍するベンチャー起業家との会話を思い出しながら、自分を振り返ってみると、「生み出す」より「処理する」ことに偏っているような気がしてなりませんでした。考えがまとまらないまま、ジムからもらった本を読んでいると、次のようなフレーズに出会いました。

「あなたは自分の仕事を愛しているだろうか? 人生の他の何よりも一番に愛していると言えるだろうか? もしノーなら、仕事を変えたほうがいい」――。そして、医者の仕事より、ガールズキャンプの設立を優先した女性医師の事例が続いていました。その文章にジムがつけたタイトルは「Stay in love(愛にとどまれ)」。仕事に関することで、loveなんて言葉を使ったことはそれまでありませんでした。

入社以来、ヘーベルの営業をやってきて、充実した仕事人生を送ってきた。しかし、その仕事を愛していると言えるのか? 人生の優先順位で一番に置くほど? 仕事と人生は交わっていたのか? そもそも交わるものなのか? こんな発想はしたことがなかったのです。

むしろオンとオフは明確に分けたい性分でした。年末になると、翌年の手帳を広げ、土日・祝祭日をラインマーカーで塗り、「色のついた日々はオフだ。自由に使うぞ!」と意気込んでいたぐらいです。その前年から始めていたビジネススクールの講師などの副業はオフ、週末にこなしていました。

では、それらの副業を愛していたのか? これも「愛している」というほどのものではなかったと思います。

仕事と人生を重ね合わせる

帰国後に交わしたメールの中で、ジムはかつて仕事に熱中するあまり、家族を顧みなかったことや、奥様を病気で亡くしてしまったことといったプライベートな体験を語り、「仕事も大事だが、人生で手放してはいけないものは何なのか、よく見極めることが重要だよ」とアドバイスしてくれました。

このとき、「仕事を処理する」と「生み出す」と「仕事を愛する」の三つがバチンと一つになりました。

仕事を処理しているうちは、仕事と自分の人生との間にスキマがあります。仕事を対象物として扱っているわけですから。しかし、人生において大事なものや愛するもの――もちろんその中には家族が入ってきます――について考えたとき、仕事は自分の生き方やあり方から生み出すものになります。人生と仕事が重なってきます。

丸ごとやってみる

では、どうすればいいのでしょう? システム化が進んだ大企業だと難しいところがありますが、それでもあえて仕事を丸ごとやってみることです。社内独立自営業者のつもりで仕事に向かうのです。

大企業から独立すれば、いやでも仕事を頭からしっぽまで全部やらなければなりません。たとえば、この原稿料の請求書も、私が作成します。処理は処理ですが、やらなければ前に進まない。つまり、一つひとつの仕事がそのまま、私の経営する「JOYWOW」、そして阪本本人の表現になっているわけです。

例えば、仕事にJOYとWOWを込める実践として、請求書封筒の封かんにイラストでJOYWOWマークを描いて楽しいものにします。相手がふっと笑ってくれたらいいなと願いつつ。

企画する際、すべてにお金が絡む意識を持ちましょう。いくら投資して、いくらリターンがあるのか。大組織の企画は細分化され担当化されてしまうのが常ですが、丸ごと俯瞰(ふかん)するようにします。時間もお金を食います。企画が完成するまで長引けば長引くほど、お金が出ていきます。企画立案に時間の観点を必ず加える。いつまでに完成というように。

そして、時間の公私混同をする。週末はオフで、ウイークデーはオンという考えを捨てましょう。すべてが仕事、すべてが遊び。週末、家族で食事に行くレストラン。自分が経営者ならどう改善するか考えてみるのもいいでしょう。「メニューはこのままでいいのか?」「損益分岐点や売上高はいくらだろう?」といった具合です。

仕事を「処理」から「生み出す」へ――。小さな積み重ねで、考え方が変わっていきます。「仕事を処理する」と考えがちな「大企業のしっぽ」がやがて消えていくはずです。

「セカンドキャリアのすすめ」は水曜更新です。次回は1月31日の予定です。

阪本啓一
 経営コンサルタント、ブランドクリエイター。1958年生まれ。大阪大学人間科学部卒。旭化成で建材営業に従事したのち、2000年に独立。経営コンサルティング会社「JOYWOW」を創業。著書に『「こんなもの誰が買うの?」がブランドになる』など。

「こんなもの誰が買うの?」がブランドになる 共感から始まる顧客価値創造

著者 : 阪本 啓一
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,728円 (税込み)

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