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暮らしを変えた立役者

カットマカロニを考案? アイデアで商売伸ばす すかいらーく元社長 横川竟氏(3)

2018/1/12

築地で出会った人々が後の仕事を助けてくれた(右が本人)

 すかいらーく元社長の横川竟(よこかわ・きわむ)氏の「暮らしを変えた立役者」。第3回はみそやソースを扱う「つるや商店」を切り盛りした時代について語ります。

◇  ◇  ◇

 実は「築地大学」時代にアイデア商品を考案した。例えばカットマカロニ。当時、輸入品に対抗してロングパスタの製造が始まっていた。加工するとどうしても3~5センチの不要な部分が大量に残ってしまう。日本製粉の販売部長が処理に困っていると、伊勢龍の社長が「横さんよ、何とかしてやれ」と言う。

 そこで東京・新宿の学校給食を仕切っている取引先の服部さんという方に「カットマカロニというのがあるけど、給食で使えませんか」と持ちかけた。するとトラックで大量に取りに来てくれた。栄養士さんによると「今までは自分たちで折っていたから助かる」という。

■「オーマイ」のマカロニを先導

 実はこのカットマカロニが「オーマイ」シリーズの原型になった。今もマカロニでは日本製粉がシェアトップなので、日本の加工食品の発展に貢献できたとひそかに喜んでいる。

 築地にいた頃は、東京が急激に発展していた時代だった。ある日、仕事仲間に「おい、変なものができたから見に行こう」と誘われた。赤い巨大なやぐらで築地の屋根からも見える。東京タワーだった。まさに映画になった『三丁目の夕日』の世界だ。仕事は大変だが、時代のエネルギーが旺盛で本当に面白かった。

 そんな日々の中、「築地大学」を卒業したのはスカウトがきっかけだった。“マカロニ問題”で知り合いになった服部さんは、新宿にあるみそやしょうゆを扱う「つるや商店」の店主でもあった。「俺は給食事業に専念するから店の方を頼む」と言われた。

 ひどい店だった。3人で運営していたが、1日に7000~8000円しか売れない。服部さんからは「好きに変えたらいい」というから、どんなみそでもある店に変えた。ただ、仕入れるお金がない。

■とんかつソースとウスター混ぜて「とんかつ中濃ソース」に

 そこで酒問屋の岡永から築地に通って来ていて旧知だった飯田亮さんを頼った。飯田さんは後のセコムの創業者。飯田兄弟は長男が岡永社長、次男が居酒屋チェーンのテンアライド、三男がスーパーのオーケーを起業した有名な一族だ。

 岡永からツケでしょうゆなどを仕入れ、ご用聞きもやった。例えばとんかつ屋へ営業に行くと初めは煙たがられる。日参しているうちに「うちのとんかつソースは濃いから容器から出にくい。何かいいソースはないか」と聞かれ、「はい、あります」と即答する。

 実は何のアイデアもない。そこでとんかつソースとウスターソースを混ぜて「とんかつ中濃ソースです」と持って行ったら採用される。「オヤジさん、これは振らないとソースが分離してしまうから使う前に振ってね」と忠告した。築地からも仕入れて品ぞろえを豊かにし、売上高は3万~4万円にまで拡大した。

 築地の経験からメーカーの人間はよく知っているので、利ざやを抑えたことも大きかった。当時は問屋がけっこうもうけていたので、注文はうなぎ登りで増えていった。ところがある日、腹の突き出たおじさんが店にやってきて「この店のオーナーは僕になったから引き続きがんばって」と言う。服部さんは知らぬ間につるや商店を売却してしまっていた。

[日経MJ2016年7月1日付]

暮らしを変えた立役者は金曜更新です。

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