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「銀ブラ」の語源に関しては諸説がまことしやかに伝えられている =PIXTA

「銀ブラ」の語源に関しては諸説がまことしやかに伝えられている =PIXTA

「銀ブラ」というのは、もちろん「銀座をブラブラする」という意味だが、「銀ブラ 本当の意味」でネット検索すると、思わぬ「由来」がヒットする。「ブラ」の語源を「ブラジル」に見る異説だ。

少し調べれば「そりゃあ、ないだろう」と分かることでも、ネットの拡散力は大変なもので、「世の中の様々について解説する某著名サイト」で「町歩きの専門家」と称する人までもが「ネットのデマ」に踊らされ、「本来は~」「実は~」などとうんちくを垂れている。それをまた引用した記事の、そのまた引用という連鎖のせいで、デマはいつの間にかあたかも真実のように語られ始める。

驚くことに人気テレビドラマの劇中で「銀ブラ」が「ハイカラの代名詞だった時代」の若いカップルが「銀座をブラブラ」ではないほうの「銀ブラ」について語りながら心を躍らせるシーンがあった。「ネットのデマ」の影響はここまで来たのか?

人の命にかかわるような話でもないし、どうでもよいといえばどうでもよいかもしれない。でも、『三省堂国語辞典』の編さん者である飯間浩明さんは事実を調べ上げ、スタッフと協議を重ね、「銀ブラ」の項目に注釈を付けた。

「銀ブラ(俗)東京の銀座通りをブラブラ散歩すること。{大正時代からのことば。「○○(梶原が省略)」という説は誤り}」

その飯間さんをラジオのスタジオにお招きした。

朝井リョウや池井戸潤、平野啓一郎、石田衣良といった人気作家各氏の作品に踏み込み、物語で飛び交う、秀逸な言葉を「独自の視点で採取」するという」、実験的な試みで話題の新刊『小説の言葉尻をとらえてみた』(光文社新書)にまつわる話をうかがうつもりだった。

しかし、リスナーから寄せられた1通の電子メールから一気にトークの流れが「ネットのデマ・冤罪(えんざい)に泣くことばたち(梶原が勝手に命名)」へと移っていった。そのメールにつづられていたのは、大学生の娘から言葉の「誤用」を指摘された母の無念さだった。

「謝罪するときの言葉、私は『申し訳ありません』が適切だと思うんですが、娘はそれは誤用で、正しくは『申しわけないです』だと言うんです。テレビもそう言っていたって。正解はどっちですか?」

「申し訳ございません」は誤用なのか

ここで飯間さんにスイッチが入った。

飯間「テレビで正解が一つって言っちゃった? そりゃあまずい! お母さんのおっしゃる『申し訳ありません』や『申し訳ございません』が誤用だったら世の中の大勢が困るでしょう」

梶原「そりゃ、そうです。最近は企業の偉い人も軒並み使ってますよ。不祥事を謝罪する記者会見では『申し訳ございませんでした』が当たり前。『申し訳ないです』のほうがむしろ珍しい。というか、聞きませんよね」

飯間「昔からどっちもあったんです。ところが、ネット上で『申し訳ございませんは誤用だ』というデマが一気に広まった。きっかけの一つになったのは、日本語研究者と称する人物がニュースサイトのインタビューで答えた発言だといわれます」

梶原「どんな?」

飯間「その言い分はこうです。『「申し分ない」はそれだけで一つの形容詞。形容詞を二つに分離できない。すなわち、「申し訳」と「ない」を切り離して、後半部分を「ありません」「ございません」と丁寧表現にするのは文法的に誤り。正しくは形容詞に丁寧語の「です」を加えた「申し訳ないです」。これ、意外と知られていないんです』って説明するわけです」

梶原「もっともらしいですねえ」

飯間「でも、形容詞を分割して丁寧にする言葉なんて、いっぱいあります。『滅相もない(形容詞)』を『滅相もございません』にしたり、『とんでもない(形容詞)』を『とんでもございません』にしたり」

梶原「じゃあ、ご相談のお母さんも、お嬢さんも両方OKですか]

飯間「もちろん。言葉にはバリエーションがあるんです、正誤の二択で一つに絞り込むというものでもない」

梶原「目上の人にはお疲れさまでした。目下の人にはご苦労さま。逆は誤用だという説は?」

飯間「これも根強いデマですね。マナーに関するネット記事ではとりわけ。我々もかつては目上目下ではなく、疲れている人のお疲れさま、苦労をしている人にご苦労さまでやっていたんです」

梶原「昔はそうだった気がする」

「ご苦労さま」「了解」を巡る諸説の混在

飯間「ちょっと古くて恐縮ですが、映画『フーテンの寅さん』シリーズの妹・さくら(倍賞千恵子)は帝釈天の御前様(住職)に『いつもご苦労さまです』と丁重にあいさつしていましたよね」

梶原「確かに。偉いお坊さんにお疲れさまはかえって変かも」

飯間「目上に『了解しました』と言ってはいけないというデマもありませんか?」

梶原「ありますね。『了解っす!』みたいな、部活の先輩・後輩イメージから、ネットでけちょんけちょんに言われるようになったのかなあ」

飯間「『了解っす!』はさすがに目上に失礼ですが、伝達された事項をしっかり受け止め理解したことを丁寧に伝達するときの『はい、了解いたしました』は問題ですか?」

梶原「いや、悪くないですねえ。私の手元にある辞書の『大辞泉』にも『お申し越しの件を了解いたしました』と明らかに目上(顧客など)に使うケースを例に挙げています」

飯間「昔から私たちは多様な言葉を、多様な場面で、大らかに使っていました。言葉たちも穏やかに伸び伸びと存在していた。ところが、急に『その言葉、誤用の疑いがある。ちょっと署まで』と連行され、身に覚えのないことで『誤用だ、使うな』と責め立てられる。切ないですね」

梶原「しかもその根拠がデマだったら冤罪ですよ」

飯間「誰しも言葉の趣味嗜好はありますよね。自分は使いたくない、使わないという表現や言い回し。梶原さんもそうでしょう?」

梶原「私なんか『口のきき方』(新潮新書)を書いて以来、世間の言葉にツッコミまくってきました。とんでもない嫌みなヤツだと思われていることでしょう。でも、一方的にこれが正しい、これが間違いと決めつけて得することは何もないと思って、ひたすら面白がっている。『これでなきゃだめだ』なんて固まっていたらもったいない」

飯間「そうですね。自分以外の人の、いろいろな言葉、多様な表現をそのまま認める。それを自分が使うか使わないかは自分が決めればいいんです」

ちなみに飯間さんが一番使う言葉は「そうとも言いますね」だそうだ。私はいつもこの言葉に救われている。

※「梶原しげるの『しゃべりテク』」は隔週木曜更新です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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