越前坂井の辛みそば 大根おろしの搾り汁、原点の味
日本全国に名物そばがあります。いまはどこもそばつゆで食べますが、この食べ方はしょうゆやみりんが庶民の台所に広がった江戸期以降に一般的になった食べ方です。ではそれ以前は、どのようにそばを食べていたのでしょうか。古い文献によると味噌と大根おろしが味付けの基本でした。味噌に水を加え、袋に入れてつるすと薄くなった味噌が垂れてきます。それでそばを食べたようです。
大根おろしを絡めて食べると、大根の辛みがそばの香りを引き立てます。そば専門店の「おろしそば」にその名残をとどめています。
おろしそばは大根おろし全体を使いますが、今回取り上げた越前坂井の辛みそばは、大根の搾りかすを捨てて汁だけを残し、それをそばつゆに加えます。そばつゆに大根の辛みと香りが加わって、実にシャープな味わいになるのです。家でもできますので試してください。
さて、さきほど昔は味噌と大根の搾り汁でそばを食べたと書きましたが、信州の高遠で今もそのころのそばを味わうことができます。大根のしぼり汁に味噌を溶いてつゆをこしらえるのです。高遠で入った店では味噌を焼き、香ばしく仕上げていました。
実はこの高遠そばは里帰りしたものです。江戸の初期、高遠藩主だった保科正之公が会津若松に移封されたとき、当時の高遠でのそばの食べ方も会津に伝わりました。それからうん百年。高遠の人々がたまたま訪れた会津で、自分たちのふるさとの名前を冠したそばがあることを知り、ルーツをたどるとブーメランのように高遠に戻ったのです。
そこで高遠の皆さんが、地元で復活させたのが現在の高遠そばというわけです。
大根おろしとそばとの関係には深ーい物語があったのです。
(食と旅のコラムニスト 野瀬泰申)
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