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月刊誌「BIG tomorrow(ビッグトゥモロウ)」は悩める読者に人生の選択肢を提供してきた=PIXTA

月刊誌「BIG tomorrow(ビッグトゥモロウ)」は悩める読者に人生の選択肢を提供してきた=PIXTA

月刊誌「BIG tomorrow(ビッグトゥモロウ)」が取材に来てくれた。「伝わりやすい話し方」がテーマだった。

1980年の創刊で、38年の歴史を持つ雑誌だ。悩み多き若者に「生き方・働き方・モテ方」を熱く伝授し続ける雑誌のスタッフだけのことはある。編集者とライターは「しつこく」迫り、カメラマンは最初から最後までフラッシュをたき続ける「ガチンコ取材」。充実の90分だった。

ところが、帰り支度をする彼らに「また声をかけてくださいね」と言った私が耳にしたのは思いもよらぬ返答だった。

編集者「この記事が掲載される451号を最後に休刊となります」(11月25日発売の2018年1月号、12月14日発売の18年1月増刊号をもって休刊となる)

梶原「えー!?」

私以上に驚いたのは、月末の伝票整理をしながらインタビューを聞いていた事務所の社長だった。私より一回り年下の彼は「社長椅子」から立ち上がり、私と取材班が座る応接セットにやってきて切羽詰まった顔でこう言った。「終わっちゃうんですか? 僕なんか、ものすごく助けてもらった時期があった」。私と付き合いの長い彼が「BIG tomorrow」を「命の恩人」のように語り出したのもまた思いもよらぬことだった。

今は「陽気でさばけた社長」と慕われる彼は、無茶苦茶な青春時代を過ごしていた。高校1年でガールフレンドができ、夜のバイトで稼いだ金でアパートを借り、同棲生活をスタート。そして、妊娠騒動。「不良との交際」を知った娘の父が激怒した。

「住み家を探し出し、警察を連れて捕まえに行く!」

逃避行は数カ月に及び、2人は疲弊した。思い詰めかけたところで父親に見つかった。

「き、貴様! 責任を取って、一生償え!」

社長「は? はい!」

思わぬ展開だったが、彼は覚悟を決め、料理店のコック見習いとして働き始めた。彼女を幸せにするために、まっとうな人生を生きようと心に誓ったのだ。

ところが、「結婚できないなら、死んでやる」とまで言ってくれていた彼女があっさり彼から去っていった。別れて程なく、彼女は20歳も年上のエリートサラリーマンに嫁いだと、風の便りに聞いた彼。「俺の人生って、何なんだ?」

ふと書店で目にした「BIG tomorrow」を見たら、自分と同じようなケースがいくつもあった。人生の大先輩が「そんな君にこそ、『BIG tomorrow』は存在する。へこたれないで済む選択肢がこれだけある。ほら」と語りかけるかのように、「生き直しの手順」が具体的に図解入りで示されていたのだという。

読者の悩み解決を手取り足取り

社長「あのころ、編集部と読者のあいだに『ホットライン』という仕組みがあって、困ったときにはいつでも電話すれば部員が直接相談に乗ってくれた。弁護士や心理士が指導してくれたりもした。お世話になった人、結構いると思いますよ」

私はあらためて「BIG tomorrow」が読者にとってどんな存在だったのか、知りたいと思い、出版社(青春出版社)に出向き、取材することにした。

上司との付き合い方といったビジネススキル指南も「BIG tomorrow」の人気企画だった=PIXTA

上司との付き合い方といったビジネススキル指南も「BIG tomorrow」の人気企画だった=PIXTA

対応してくれたのは、この雑誌に15年も携わり、今は編集長の坂口雄一朗さん。物腰の柔らかな編集長は、創刊号から始まって、100号、200号、300号、400号と、時代を代表する「BIG tomorrow」をズラリとテーブルに並べ、私の疑問に丁寧に答えてくれた。

坂口「38年間、中身は時代とともに少しずつ変わっても、基本的なマインドは変えていません」

梶原「ほう」

坂口「人間関係や働き方、お金、恋愛。若い人達が直面する悩み解決の方法を、手取り足取り懇切丁寧に手ほどき。コメント、イラスト、写真で細大漏らさずお伝えする。電車の中で読んで、電車を降りたらその瞬間から使えるものでなければ意味がないをモットーに誌面を作ってきました」

梶原「毎晩上司に付き合わされて心身共にへとへとな人からのホットラインをもとにつくった記事。『そんなときあなたを助ける知恵袋』とか、『上司はこんな言葉を嫌う! 28社の管理職が指導したイヤな言葉一覧』なんか、まさにそうですね」

坂口「はい」

梶原「すごろく形式で自分の働きぶりを振り返る『社内で起きる・ピンチ脱出ゲーム』も感動しました。全部『自分のことだ!』って気にさせられるのは、なんでですか?」

坂口「ネットの始まる以前から、手紙・電話のホットラインで読者と直接つながっていられたからかもしれません」

ある号の記事にこんな「手取り足取り」もあった。「1週間で好きな彼女を確実に落とせる、曜日別誘惑スケジュール」。本番となる土曜に向けて月曜から金曜までかけて、徐々に関係性を深める会話訓練、準備しておくべき資金、道具、予行演習など、受験対策以上のきめ細かい助言が、コメント、図形、写真と共に何ページにもわたり記されている。「初めての君でも大丈夫」という励ましが随所に仕込まれている。「いよいよ当日、現場であるフロントのチェックインで、忘れていけないのは……」みたいな感じの「完璧なシミュレーション」がまじめに書かれている。

前例も後継もない「人間情報誌」

一方で、「軽挙妄動」を戒めるかのようにこんな記事も目に飛びこんでくる。「付き合う相手で自分のツキまで変わってしまう恐さ。初対面で相手の人間を見抜く5つのチェックポイント」(元NHKアナウンサー鈴木健二さん指導)。相手を選ぶことの大切さを、あの名調子で語りかけてくる。バランスが絶妙だ。

坂口「トータルで最後までちゃんと面倒見るのが私たちの流儀。手取り足取りとは、そういう意味をも含みます」

梶原「売り上げは?」

坂口「徐々に着実に。創刊10年後の1990年前後には50万部、60万部と数字を上げていきました」

梶原「やはり!」

坂口「売れている割に、あまり目立たなかったとすれば、買ってくださった人が『最近どんな雑誌読んでる?』と友人に聞かれたとき、弊誌ではなく『POPEYE』とか『Hot-Dog PRESS』とか、おしゃれなイメージのある雑誌を口にされたというのはあったかもしれません」

梶原「若い人はまじめに努力する姿を他人に知られたくないんですね」

1時間以上続いた取材の最後に、編集長がこう言った。

坂口「いろいろ申し上げましたが、今回の休刊は私どもの力不足以外の何物でもありません。そこに悔いは残ります。『人間情報誌』という、どこにもないジャンルで始まり、この先、同じジャンルを狙おうという雑誌も現れそうにない。『BIG tomorrow』っぽく泥臭い言い方をすればonly oneで始まってonly oneで終わっていくのかなあと」

編集部からの帰り道。「すごく助けてもらった時期がある」と語った、例の社長が切なそうにつぶやいた言葉が心に残った。

「卒業した母校が、しばらく行かないうちに廃校になったと聞かされたら、きっとこんな感じじゃないかな」

一時代を築いた雑誌が休刊するという知らせ。同じ思いで聞いた人がたくさんいるはずだ。

※「梶原しげるの『しゃべりテク』」は隔週木曜更新です。次回は2017年12月21日の予定です。

梶原しげる 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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