年金生活からミキモト社長に ブランドの輝き日本でもミキモトの吉田均社長

――吉田社長は一度ミキモトを辞めているのですね。

「29年前です。本店営業部長の時、トップから『君はサラリーマンとしてふさわしくない』と言われ、部下もいない部署を作られ、そこに行くように言われました。私も言いたいことを言う性格なので、味方も多いけど敵も多い」

「ただその時は会社に粉飾決算問題があり、経営陣と意見対立があったのです。金融機関から来た社長で、あまりに自分本位の考え方。頭をひっぱたいてやろうかと思ったぐらいです。結局支援者もいたので独立して東京・表参道で宝飾を始めました」

――それはうまくいったのですか。

「スタートが1988年とバブル期で、バンバン売れました。もっとも独立後もミキモトの社員が訪ねてくるのです。情報も入ってきましたし、指示も出していました。むしろ社内にいる人よりたくさんの情報を持っていたかもしれません」

――戻るきっかけは。

「年金生活者になっていた2010年ですかね。表参道の店もスポンサーの事情で閉めることになっていました。そんな折、私を戻したいという人がいて、創業家で、最大株主の御木本澄子さんに会わせてくれました。リーマン・ショック後で、ミキモトの業績は下降線をたどっていました」

「会社の実情も分かっていたので、『社長をやってくれないか』という話が持ち上がったわけです。自分は社外取締役なら引き受けるつもりでしたが、さすがに社長は断りました。すると別の方にお鉢が回り、その方と面会し、経営方針を聞いたのです」

会社に危機感 社長に立候補

――納得ができなかった。

パリのヴァンドーム広場に店舗を構え、海外でのブランドイメージは高い

「その方はジュエリーに詳しくないのか、ただ在庫削減などと言い出しました。それではまずい、会社がダメになってしまうと危機感を持ちました。そこで澄子さんに『生意気ですが、私にやらせて下さい』とお伝えすると『あら、そう』と言われまして」

――どのように立て直しを進めたのですか。

「不正問題は片が付いていましたが、まだくすぶっていましたね。会社を混乱に陥れた方々がいたので、やめて頂きました。とにかく社員が自由にモノを言える雰囲気に変えることでしたね」

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