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東京・池袋の「梟書茶房」入り口で順番を待つ客

東京・池袋の「梟書茶房」入り口で順番を待つ客

店内に並ぶ本は袋とじの「シークレットブック」だけという書店にワクワクしながら出掛けていった。この書店は東京・池袋にある。噂の「梟書茶房(ふくろうしょさぼう)」だ。

「書茶房」という文字から読み取れる通り、「書籍とコーヒーのコラボレーション」を実現した新業態だ。JR池袋駅に直結しているビルの4階にある店内は高級ホテルのラウンジをおもわせるたたずまい。一般的な「書店」の面影はほぼない。

店内を見渡せば、真ん中は応接セット、窓際には1人用の椅子が適度な間隔で配置されている。文献を読み込む研究者向けのような席もあり、その奥は対照的に、外光をたっぷり浴びながらゆったりページをめくって過ごせるガーデンテラス席も用意されている。

「これが、本屋? そもそも本はどこ?」

ふと振り向けば、そこが書棚だった。書籍数はそう多くない。

「へぇ、これが柳下さんの」。柳下恭平さんは、日本テレビ系で放映された、石原さとみさん主演のドラマ「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」で監修を担当した校閲会社の代表でかつ本屋さんも営んでいる。先日、ラジオ番組のゲストとしてスタジオに来ていただいた。

柳下「街の本屋さんで手当たり次第に読んだり買ったりしたおかげでこの業界に入った私にとって、この20年で急速に街の書店が消えていくのは寂しい限り。書籍数の少ない、街の書店でもやっていける道を考えた末に、友人とつくったのがこのお店です」

梶原「ほう」

読者に広がる「読み損」嫌う気持ち

柳下「実は書店の総坪数自体は増えているんです。巨大書店のおかげで。大型店は品ぞろえも豊富だし、客は店に入った瞬間、今何が売れているのかが即座に分かる。『失敗したくないお客さん』が『はずさない選択』を『手早く合理的にできる』という点でも優れています」

梶原「マーケティングがきっちりしているでしょうからね」

柳下「多くのお客さんの要望にこたえる。とても大事です。一方で、店主の個性を打ち出した、とんがった書店も読書ファンには捨てがたいです。失敗もありますが」

梶原「ほう」

柳下「私はかねがね主張しているんです。センスを磨くには『身銭を切って失敗すること』。服選びでも、食事でも、映画でも、芝居でも。『何でこんな服買っちゃったんだろう?』『何でこんな退屈な本を選んだんだ! 時間も金も返せ!』。そういう気持ちは分かりますが、失敗を重ねることでしか、本当にいいものを見分けるセンスは身につかないと思います」

梶原「暇つぶしに飛び込んだ映画がとんでもなく面白かったとか、ひどくめちゃくちゃだから、かえって人に話して面白がられたとか。はずれを引くのはそう悪いばかりじゃないってこと?」

柳下「何でこんなモノにカネ使っちゃったかな。そういう体験があるからこそ、本物を見分ける目が磨かれる。そう思うんです」

梶原「私なんかケチだから、600円の文庫本買うときでさえ、ネットの評判をチェックして『今回は駄作なり』みたいなコメントがあると、購入はためらうなあ」

柳下「自分が読みたい本を選ぶのに、ランキングを最優先にして『世間の皆がよいというモノ』を選択する。ひょっとしたら、とんでもないはずれはないかもしれないけど、スリルやいい経験は得られませんよね」

梶原「私はすっかりマーケティングに毒されている気がしてきたなあ」

ヒットメーカーを支える「脱・横並び読書」

柳下「かつて街の本屋さんは、ご主人のセンス、というか個性で集めた本をドッカンと店頭に置くなんて無謀なことをやったりもして。『この店は、聞いたことのない本ばかりだ』とぼやきながら、1冊買って読むと、それが意外と大ヒット、または大はずれ。この繰り返しが私たちの『読書のセンス』を研ぎ澄ませてきたんじゃないでしょうか」

梶原「こないだテレビ東京のプロデューサー・高橋弘樹さんが雑誌に書いていました。彼の持論は『みんなが読む本だけ読んでも同じようなアイデアしか生まれない』。テレ東の人気番組『家、ついて行ってイイですか?』は、他人が読まない本を読むという彼の読書作法から生まれたそうです。ちなみにそれは『忘れ去られた日本人』(宮本常一著)という、ずいぶん前の本ですって」

柳下「ほう」

街中の既存書店も大型店に対抗しようと、「この街の人口構成で、この所得層で、この職業ならこれ」みたいな作戦を選ぶ傾向にあるらしい。でも、どうやら、そういう「計算された品ぞろえ」は、かえって強みを捨てることになりそうなのだ。

柳下「うちの梟書茶房の本はカバーでくるまれた書籍の中身が何なのか分からないようにしてあります。透明フィルムで袋とじ。すべて同じカバー。そこに番号を1から1231までふってあります。誰の何の本かは明示せず、8行程度の『キャッチ』を添えただけです。お客さんが本を選ぶ基準は、少ない文字の何にビビっときたのか? または、誕生日の数字(1231まであるのは、12月31日にも対応しているから)の本を試しに、という具合です。あらかじめの情報がない分、書籍との思わぬ出合いが楽しめるかもしれません」

冒頭でご紹介した池袋の店に行ったのが生放送から約2週間後。私が「ビビっときた」のは、フィルムの内側に添えられていた「メモ書き」のこの言葉だった。

No649「これがまさか、刑務所での講演を集めたものだっていうんだからおどろきです」

お店の応接セットに座り、期待半分不安半分で袋とじを開き、読み出したら、もう笑いが抑えきれずに苦しくなった。「こういう手があったのか(爆笑)」と、うひゃうひゃ大笑いした。

私が通常、まず手に取ることのない「アニメ系出版社」から20世紀の終わりごろに発刊された、あの方(あえて名前は伏せる)のご本だったとは。値段は税込み864円。

ここ数年で最も笑った本との出合いに導いてくれたのが、ランキングやレビューとは無縁の「袋とじ」だった。消費者の嗜好に寄り添うなんてスタンスの「売れ筋」志向を超越した「名著、珍書」と出合うには、「はずしたくない」などというさもしい根性とおさらばしたほうがよいのかもしれないとつくづく感じた。

※「梶原しげるの『しゃべりテク』」は木曜更新です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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