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家業を継ぐ後継者は結婚相手にビジネスパートナーとしての資質も求めがちだ=PIXTA

家業を継ぐ後継者は結婚相手にビジネスパートナーとしての資質も求めがちだ=PIXTA

ありふれたサラリーマン家庭に生まれ育った私は上司からぼろくそに言われてめげたとき「社長の息子にでも産まれていたら、どんだけ幸せだったろうか」とぼやいたものだ。先日、そんな私が憧れ続けた「社長の息子さんたち」の集まる会からお声がけを受けてお話しする機会があった。

皆様からいただいた名刺の肩書きは多くが「取締役専務」。親の後を継いで近々、社長になる人たちというわけだ。一瞬、「いいなあ」と思ったが、会の後の雑談で「そうとばかりは言えない」という話が次々と飛び出して驚いた。

出席者の平均的なプロフィルをざっくり言えば年齢は30歳前後、従業員数70人前後の同族企業(100人を超える年商100億円超の企業もあり)。創業者である父親は60歳代から70歳代。営業成績が順調なこのタイミングで、我が子に事業を継承してもらいたいという希望を持っている。

「いいなあ、青年実業家。モテまくりなんだろうな」。声に出したわけではないが、私のひたすらうらやましがる気配を見て、リーダー格の、俳優・玉山鉄二さんによく似たAさんがこんなことを言い出した。

Aさん 「私を含め、30歳を過ぎて独身が結構多いんです」

梶原 「条件的にいえば、皆さん、お相手探しに苦労するとは思えないなあ。モデルさんとかタレントさんなんか、結婚相手が青年実業家だと鬼の首でもとったかのような胸の張りようじゃないですか? 皆さんて、それですよねえ」

私の浅薄な返しにあきれ果て、体操の内村航平選手によく似たBさんが解説を加えてくれた。

「好き」だけでは踏み切れない「会社の事情」

「私だって、人並みに女性を好きになったり、この人とずっといっしょにいられたらいいなあと思ったりしたことは何度かありました。ただ、結婚するとなると、彼女をうちの家業に巻き込むことになる。我々規模の同族経営では、社長の妻なら帳簿もつける、総務の仕事も引き受ける、社員や社員家族に何かあったときは、いの一番に駆けつけてお世話をする。時代は変わっても、結局、うちの母親のように、自分の時間などまるでない。過労で倒れても自業自得、何を置いても家業が第一。そんな人生を強いることになるかもしれないと思うと、一歩も前に進めないんです」

私はこの瞬間、30年も前に結婚式の司会をした、若いカップルのことを思い出した。新郎はまもなく父の会社を継承する、30歳のなかなかの好男子だった。打ち合わせの際の彼女は幸せのまっただ中。「帝国ホテルで披露宴なんて、夢みたい! ●●さんと結婚できて幸せ」と終始笑顔。当日の演出について「ああしたい、こうしたい」と具体的なプランを口にした。新郎はうれしそうにいちいちうなずいていた。

結婚式を迎えてはじめて夫の「家」の重みに気付くケースも=PIXTA

結婚式を迎えてはじめて夫の「家」の重みに気付くケースも=PIXTA

ところが、その後、新郎から密かに「もう一度打ち合わせをしたい」との電話が入った。新婦の思い描くものとはまるで違う進行表を提示した新郎のつらそうな顔が忘れられない。

その日がやってきた。彼女が望んだシャンパンではなく地元酒蔵メーカーの祝い酒で乾杯。彼女が好きな弦楽四重奏の代わりに地元小中学生で構成された和太鼓集団の乱れ打ち。地元木やり保存会の面々が長蛇の列で何かを唱えながら室内を行進。その後、国会議員、都議、区議、業界団体お偉方、地元名士の長いあいさつが続いた。

経営者にとって「地元」は何より大事なお客様だ。「特別ゲスト」として登場した有名演歌歌手は「2代目襲名おめでとうございます!」とあいさつして歌いまくった。取引先のおじ様たちは大喜びだったが、彼女の親族、友人たちはあっけにとられ、新婦の表情は暗く沈んだ。

「私、大変な人生を選択してしまったかもしれない」。新婦が最後に「母への感謝の手紙」で流した涙は、その後に待ち受ける「彼の会社と彼の一族に捧げる自分の人生」への不安の表れだったようにも見えた。

経営者は大きな責任や役割を背負っている。その妻となる女性は一緒に背負う覚悟がないと、つつがない結婚生活は続きにくい。その覚悟があるかないかを、心優しい独身経営者は見定めようと、慎重になるのか?

苦労した母、家業重視の父を見て育った息子たち

Aさん 「そうですね、僕らがなかなか結婚できないのは、女性を選ぶのに臆病すぎるからかなって、反省したことがあるんです。この人(結婚相手)にうちの母親みたいなことをさせていいのか? してもらえるのか? 過剰労働を強いていいのか? そんな疑問がわいてくるんです。

子供のころからオヤジによく言われてました。『いずれお前が家業を継ぐ。商売に大事なのは、信頼できる仲間だ。学校でも会社でも人を見ろ。信頼できる人間なら、お前の右腕にも左腕にもなってくれる。人を見ろ』って。

以来、誰かと会うと、この人は信頼に足るか足らないかと、じっと見る癖が身についた。それが行きすぎて、結婚できないのかもしれないなあ」

Bさん 「我々の仲間で、意外にあっさり結婚できた人がいるんですよ。奥さんはごく普通のサラリーマン家庭出身なんですが、今では夫のお母さんに連れられて銀行から取引先までかけずり回っています。不満どころか、『お母さんからしっかり仕事を引き継ぐんだ』とやる気満々みたいです。あんまりこだわらないほうが結局はいいかもね」

Aさん 「今、働き方改革とか、残業を減らそうという声が大きくなったのはとってもいいことだと思います。それは経営者についても言えると思うんです。子供の運動会に一度も行けなかったうちの親みたいな働き方を改革しなきゃ、結婚の夢が果たせない」

雇用者のほうにばかり目が向きがちな働き方改革だが、経営者や企業幹部にも改善すべき課題は少なくないようだ。

※「梶原しげるの『しゃべりテク』」は木曜更新です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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