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 日経ビジネススクール(日本経済新聞社、日経BP社)では、新事業や経営を担う次世代リーダー向けに、テクノロジーが引き起こす社会や産業の大変革を予測し、それを乗り切る羅針盤となる戦略を伝授する「テクノロジーインパクト2030」を10月11日に開講します。本連載では「テクノロジーインパクト2030」の講師に、各研究分野でのテクノロジーの進歩が近い将来に何を起こそうとしているのか、ビジネスにどのようなインパクトを与えると考えているのかを聞きます。第3回は名古屋大学 COI 未来社会創造機構 客員准教授 野辺継男氏です。

実用化に向けた取り組みが加速している自動運転車や電気自動車は、単なる技術革新ではない。その実用化は、クルマという工業製品の存在価値自体を一変させ、自動車ビジネスの大変革をもたらすことになるだろう。

一方で、国内外の自動車産業の関心は、自分だけの愛車を持ちたいという所有欲を満たすビジネスから、社会が求める理想的な人やモノを運ぶ手段を提供するビジネスへと、徐々に移りつつある。これに伴って、自動車産業で生み出す価値の源泉が、ものづくりの巧拙からモビリティーサービス体験の質へと移ってきた。

自動車産業、特に日本の自動車産業は完成車メーカーを頂点とした系列企業を従えた階層的ピラミッド型業界構造を採ってきた。これは、極めて複雑な機械製品であるクルマを、効果的かつ効率的に作り上げるために最適化した業界構造だった。ところが今、人工知能(AI)やネットワークなど系列企業にはない技術が、クルマの性能や品質を大きく左右する時代になった。そのうえで、クルマの商品価値自体を再定義する必要に迫られている。自動車ビジネスのかたちは、大きく変貌しないはずがない。

自動運転車の実用化に伴う、自動車ビジネスと業界構造の変化について、名古屋大学 COI 未来社会創造機構 客員准教授の野辺継男氏に聞いた。独自仕様パソコン「PC-98」全盛期のNECで世界標準のAT互換機を事業化、その後は国内最大級のオンラインゲーム会社の立ち上げ、日産自動車ではテレマティックサービスを統括するなど、時代を先取りする異色の経歴を持つ同氏が、次世代の自動車ビジネスの姿について大いに語った。

君子豹変する欧米メーカー

――世界中の自動車メーカーが、自動運転車の開発を加速させています。数年前までは、グーグルによる自動運転車開発を傍観していたように見えたのですが、なぜ急展開しているのでしょうか。

確かに、欧米の自動車メーカーは自動運転時代の到来を見据え、ビジネスの変革を急いでいます。特に昨今のディープラーニング開発の急伸もあり、グーグルがこれまで注力してきたような「人間が運転に全く介在しない完全自動運転」の実現性が高まったと見ているためです。

実際、カリフォルニア州自動車両局( Department of Motor Vehicles:DMV)に報告されているグーグル/ウェイモのデータからは、自動運転車の開発達成度が急激に高まっていることが読み取れます。公道上での自動運転試験中は、危険が予測された場合のみドライバーが運転に介入します。2015年のデータでは平均1244マイルに1回の介入であったものが、2016年には平均5000マイル以上の走行に対して1回だけだったことが示されており、ある範囲で人間の運転能力を超えた可能性を示しているとも言えます。

自動車メーカーも、自動ブレーキなど先進運転支援システム(ADAS)の開発を通じて、クルマの自動化を段階的に進めてきました。しかし、グーグルが自動運転の開発に投入したディープラーニング(深層学習)技術による認識能力や強化学習の威力は、自動車メーカーの予想をはるかに超えていたのです。指数関数的に進歩するICTの高度化に伴い、今後2、3年間でソフトウエアの運転能力の精度がさらに高まり、完全自動運転の商用化が加速される可能性が極めて高い状況になっています。

自動運転車が自社以外の企業、しかも他業界の企業の手で実現されることは、自動車メーカーにとって看過できない事態です。完全自動運転になると、自動車ビジネスの構造が一変し、技術や製品の開発で主導権を取れなくなる可能性があります。そうした可能性に気づいた欧米の自動車メーカーは既存自動車ビジネスの危機ととらえ、ビジネスモデルの急展開に走っています。

さらに米国では政府もこうした自動車産業の変革期に急速な動きをみせています。9月6日、米国議会下院で、超党派の支持を得て自動運転法(Safely Ensuring Lives Future Deployment and Research In Vehicle Evolution Act)と呼ばれる法案が通りました。今後上院を通過し大統領の署名を得れば、人が全く運転に関与しない完全自動運転車とそれを利用するモビリティーサービスの商用試験が今後1、2年で全米に急拡大する可能性があります。この背景には、完全自動運転というクルマとICTの融合を絶好の機会と捉え、もう一度米国の自動車産業を世界一にしようという期待があると見られています。

価値の源泉はものづくりからサービスへ

――自動運転車の実現によって、自動車ビジネスのかたちはどのように変わるのでしょうか。

自動運転の実現に向け、当面2つのイノベーションの方向性が共存します。多くの人が個人で所有している自家用車の自動化が徐々に拡大する「継続的イノベーション」と、モビリティー事業者が完全自動運転車を保有し、ユーザーに移動を提供する「破壊的イノベーション」です。

完全自動運転になるとドライバーがいなくなります。すると自動車ビジネスが、ドライバーにクルマを買ってもらう売り切りビジネスから、人やモノに移動手段を提供するサービスビジネス(モビリティーサービス)へと移行します。この「破壊的イノベーション」が最近急激に重要性を増しています。

特に2017年7月にグーグルがレンタカーサービス大手のエイビスと提携し(独占的ではない)、並行してリフトが競合する複数の企業とパートナーシップを拡大していることが注目されています。こうしたこれまでの事業範囲を超えた、全く新しい合従連衡を形成する動きが欧米では毎日のようにニュースになっています。

――個人にクルマを売るビジネスではなくなるのですか。

なくなる訳ではないと思います。今後、個人が所有するクルマにもより高度な自動運転機能が浸透するものと思われます。ただし、最後の最後にあくまでもドライバーが責任をもって運転し、必要に応じて選択的に自動運転に切り替えて使うといった位置づけになり、そうしたクルマを個人に売るビジネスは引き続き残るでしょう。

スポーツカーのように人が真剣に運転したり所有したりすることに魅力があるクルマはより高いニーズを引き出すでしょうし、途上国などでこれからクルマの所有が発生する地域での販売は拡大するでしょう。人口密度が低くモビリティーサービスが成立しにくい市場では、引き続き個人にクルマを売ることになるでしょう。

一方、完全自動運転を利用したモビリティーサービスは、もちろん一部個人所有のクルマを置き換える可能性があります。しかし、これまでには無かった全く新しい市場を追加的に形成するという視点が重要です。例えば通勤や長距離移動には大量輸送の電車やバスを用い、最寄りの駅から家までのラストワンマイル(約1.6Km)の範囲で完全自動運転車をタクシーの代わりに利用するような新しい移動手段を提供することになるでしょう。もちろん高齢者のライフラインにもなります。現在、タクシー事業はコストの約7割が人件費です。完全自動運転車ならば、運賃を大幅に下げることができ、利用も拡大するでしょう。

――完全自動運転車は、公共性の高い交通手段という位置づけなのですね。

その通りです。その上で、完全自動運転の特性を生かした、全く新しいタイプの移動サービスの登場が重要になります。例えば、最近宅配サービスの再配達が問題になっていますが、宅配を受け取る利用者が帰宅の際に、最寄りの駅から自宅まで利用する完全無人タクシーに宅配事業者が荷物を事前に載せておけば、その利用者が家の中まで持ち込んでくれ、いわゆる「ラスト50フィート問題」も解決します。さらにこの場合、宅配の輸送費用を事業コストとして賄っているわけですから、人が乗る運賃をさらに低減可能で一石二鳥です。

長距離移動に完全自動運転車を活用するサービスも出てくるかもしれません。例えば、東京に住んでいる人が朝9時に大阪で開かれる会議に出席する場合、今ならば新幹線や飛行機で前日に移動し、前泊する方も多いでしょう。今後は完全自動運転車に夜中に乗り込み、高速道路を寝ながら移動するようなことも可能になるかもしれません。また、それにより客を奪われかねないビジネスホテル事業者は、今は立地型が当たり前であるホテルを移動型ホテルに転換するといった、全く新しいサービス事業を生む可能性もあります。

サービス企業が得る絶大な発言力

――自動運転ビジネスの中心がモビリティーサービスになると、クルマを買う人が減りそうです。自動車市場は縮みませんか。

むしろ市場や生産規模は拡大する可能性があります。現在、個人が所有するクルマは、一度新車として市場に出ると転売されながら約13年間存在します。これほど長持ちするのは1日平均約1時間(4%)しか乗らないためです。モビリティーサービスに使う自動運転車では、稼働率が50%以上、つまり個人所有のクルマの10倍以上になります。すると、クルマのライフサイクルが2~3年になるという想定もあり、通常のクルマが市場に約13年存在する間に4~6回生産することになるわけです。さらに、移動の利便性が高まればクルマが利用される新たな需要が追加されるので、市場規模も大きくなり、生産量も増える可能性があります。

――ライフサイクルが4分の1ですか。市場の新陳代謝が激しくなり、自動車メーカーは忙しくなりそうです。

完全自動運転車の場合、クルマのライフサイクルの短縮とともにリプレース、リサイクルやリユースなどを含め、クルマの製造プロセスが大きく変化します。さらに、それらの回収やメンテナンスに対する考え方や事業体制も大きく変える必要があります。こうしたことが、以前パソコン産業が急拡大する直前に起きた例があり、国際的にそうした製造形態により早く移行できた企業による市場寡占化が進みました。同様のことがクルマ産業でも起こる可能性があります。

新車の開発も大きく変化することになります。しかし、自動車メーカーが自発的に新車のコンセプトを決定できなくなる可能性もあります。この点こそ、モビリティーサービスへの転換に向けて最も重視すべき点です。

個人に販売するクルマを企画するとき、自動車メーカーの多くは、将来の人口動態や流行を予測し、その理想を具現化し消費者に提案します。ところが完全自動運転では、モビリティーサービスを提供するモビリティー事業者が、利用者の日々のニーズを分析しクルマそのものやサービス内容を企画開発する能力を高めます。そして、自動車メーカーはモビリティー事業者の指示の下、粛々とクルマを作るだけの立場になる可能性があるのです。

このように、モビリティー事業者がユーザーに直結し、データ解析などにより不満やニーズをユーザーから直接、最も早く、最もよく知る立場になるためクルマの開発の主導権が移ります。ウーバーは、利用データをビッグデータとして蓄積し、これを分析して乗車客がいる場所の予測精度を向上し、迅速に配車することで、顧客満足度と稼働率を上げることに成功してきました。モビリティー事業者は、自動運転車を購入する顧客になると同時に、最も利用者に近い場所にいることにより、絶大な発言力を持つことになるでしょう。こうした自動車ビジネスの方向性を察知した欧米の自動車メーカーの数社は、自らがモビリティー事業者になることを既に表明しています。

自動車メーカーが下請け企業に

――自動車産業は、自動車メーカーを頂点としたピラミッド型業界構造の下で、長年にわたって伝統的体制下でのビジネスを営んできました。IT産業の技術が色濃く影響する自動運転ビジネスでは、よほどの発想の転換をしないと自動車メーカーが価値を生み出せるようにはならないように見えます。

自動運転ビジネスでも新たなピラミッド型構造が形成され、その頂点にはサービスを提供するモビリティー事業者が立つことになるでしょう。ただし、ここも厳しい世界です。情報化が進むとより多くの利用者を持ち、より強力なデータ分析能力を持ち、それを日々のオペレーションの中で提供し続けることのできる能力が勝負を決め、それらがさらに成長し寡占化が進みます。新たな業界構造では、モビリティー事業者自身が技術力を持ち、その直下には、モビリティー事業を横断的にサポートするコア技術を保有する企業が直接配置されます。自動車メーカーがもし単純に人やモノを運ぶ箱としてのクルマを作るだけで存続する場合、さらにその下の階層に位置づけられてしまうことになるでしょう。

――欧米では既にサービスプロバイダーになろうとする自動車メーカーが出てきているとのことですが、日本の自動車メーカーでも同様の動きが出てくるのでしょうか。

日本の自動車メーカーの中にも、一部でモビリティーサービスの重要性に気がついている方々は居られます。ただし、欧米の企業ほど全社的な重要戦略としての動きはあまり見えないように思います。自動車ビジネスにおいて、日本の自動車メーカーは誇るべき実績を上げてきました。しかし、完全自動運転のビジネスは、サービスビジネスとしての側面が大きく、既成概念にとらわれない、突拍子もないコトを考えた方がよいのです。

アイデアさえあれば、クラウド上でプログラムを書くだけで、大きな資本投資なく世界を変えられるのがここ数年のICTを駆使したサービスビジネスの特徴です。ウーバーはその最たる例です。ここから十数年の自動車ビジネスは、経験や実績よりも時代の要請をとらえる感性や洞察力がビジネスの価値を生む時代になるでしょう。

――日本の自動車メーカーがモビリティーサービス・ビジネスに取り組むためには、まず何をしたらよいのでしょうか。

モビリティーサービスでは、人やモノの移動ニーズをどれだけ把握できるかが勝負を決めます。そのためには、データをいかにして集め分析し得るのかが肝になります。完全自動運転車が実現するまで待つまでもなく、実はサービスの事業化に必要な多くのデータはスマートフォンでも取得可能な世の中になっています。いち早くスマートフォンを用いたデータ収集を開始することで、圧倒的な市場優位性を獲得できます。

移動中の人が日常的に使うような魅力的なサービスを作り移動データの送信を促せば、ユーザの合意の下、欲しいデータを利用可能になります。今や、個人のニーズを把握する際、クラウドに直結したスマートフォンは最重要ツールであり、これからはその傾向がさらに高まるのは明らかです。自動車メーカーは、クルマに搭載したセンサーデータを特殊な通信機を作り込み吸い上げるといった発想をしがちですが、既に極めて高度化したスマートフォンとクラウドを用い収集・分析するデータも、質量ともに、固有に作りこんで実現する方式より圧倒的に有効性が高い状況です。

また、ディーラーをモビリティー事業者に変えることも今後重要になると思われます。米国であれば、多くのユーザーを抱え、日ごろからモビリティーサービスを提供しているレンタカー会社やライドヘイリング会社などの巨大なモビリティー事業者が既に存在していますが、日本ではそれらに匹敵する規模のモビリティー事業基盤がまだありません。そこで、逆に海外よりも発達しているディーラー網に個人にクルマを売る役割から、モビリティーサービスの提供やクルマを管理・運用する役割を担ってもらおうという発想です。こうすれば、既存企業のかたちを維持しながら新しい時代に対応できるのではないでしょうか。

野辺継男
 1983年早稲田大学理工学部応用物理学科卒業、日本電気入社。パソコン事業に関連した海外事業、国内製品技術、及びソリューション事業関連で国内外の各種プロジェクト立ち上げ(放送関連や各種インターネット利用技術等に関する商品企画及び新事業開拓)。88年ハーバード大学ビジネススクール留学、同大学PIRPフェロー。2000年同社退職後、オンラインゲーム会社立ち上げを含む複数ベンチャーを立ち上げ、CEO歴任。04年日産自動車入社。チーフサービスアークテクト兼プログラム・ダイレクターを経て、12年同社を退社し、インテル入社。名古屋大学 COI 未来社会創造機構 客員准教授も務める。

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