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「なるほど」と納得しやすいたとえは相手の理解を助ける PIXTA

「なるほど」と納得しやすいたとえは相手の理解を助ける PIXTA

「横10センチメートル、縦14.8センチメートルの大きさ」と言われて、ピンとくる人は多くないでしょう。では、「はがき大」と言われたらどうでしょうか。すぐにその大きさがイメージできるはずです。横10センチメートル、縦14.8センチメートルははがきのサイズ。ビジネス会話では正確な数字を求められる傾向がありますが、数字で表現されると、かえって認識しにくくなってしまうケースは珍しくありません。

大きさや重さ、長さ、特徴などを表現する場合、数字を明示するだけでは相手に伝わりにくいもの。むしろ誰もが知るものを「たとえ」として提示したほうがはるかに相手に伝わりやすくなります。たとえば50グラムは鶏卵の重さ。21センチメートル×29.7センチメートルはA4サイズ。こういった表現です。「東京ドーム●個分」といった表現はかなり頻繁に耳にします。

商談やプレゼンテーションなどでは、数字やデータでは表しにくい商品の特徴を示す必要に迫られることもあります。そんな場合には別の何かにイメージを託すたとえが役に立ちます。柔らかい質感は「ビロードのような手触り」、香ばしさは「焼きたてのトーストのよう」、落ち着いたブルーは「深海を思わせるようなブルー」など、「●●のよう」という表現が便利です。

絵が思い浮かびやすい具体例を使うのも効果があります。昔、丈夫なペンケースのテレビCMに「ゾウが踏んでも壊れない」、頑丈な物置の宣伝文句に「100人乗っても大丈夫」といった表現がありました。「●トンの重量に耐える」という数字を使った表し方よりもずっとアピール力が強まり、聞いた相手や消費者の頭に残ります。

他愛のないおしゃべりや日常会話でも、たとえ表現は話し手の意図を伝わりやすくしてくれます。「すごくだるい」と漏らすよりも「体にダンベルをつけているみたい」のほうが本人の感じている耐えがたいだるさをリアルに伝えます。深刻さが伝われば、「そういう日、あるよね」「私も最近、だるくって」などと、発言に共感や協調などを示してもらいやすくなるはずです。

さらに、「私のだるさはダンベル以上」といいだす人、輪を掛けて大げさな別の表現をする人も現れ、話の輪が広がります。単純に「すごくだるい」では、無言でうなずくか、「そうですか」で終わるところですが、巧みなたとえからは、もっと豊かなコミュニケーションが広がっていきます。

オーバー、端的な表現の効用

よく「目が回るほど忙しい」とか「寝食を忘れるほど忙しい」といいますね。これらは忙しさのたとえですが、当たり前すぎてつい聞き逃してしまいそうになります。そこでひとひねりしてみましょう。「トイレに行く間もないほど忙しい」「息をするのも忘れるほどの忙しさ」などは少々大げさな表現ですが、忙しさのレベルがどれほどのものかが伝わりやすくなります。

あえてオーバーなたとえを選ぶことによって、「ちょっと大げさじゃないの?」と疑問を呈されたり、「それは、忙しいのが好きだということだよね」とちゃかすような言葉が返ってきたりと、型どおりではない受け答えにつながります。定型句を使った、抑制の効いた表現ばかり選んでいると、会話が脱線しにくくなってしまいます。程よくトークを揺さぶるうえでも踏み込んだたとえは有効なのです。

適切なたとえはビジネスの議論を深めてくれる PIXTA

適切なたとえはビジネスの議論を深めてくれる PIXTA

芸能界にはあだ名を巧みに付けるのを得意としている人がいます。本人の持ち味をうまく一言で言い当てる「見立て」の技にはうならされます。命名にあたって大事になるのは、単に顔つきやしぐさをたとえの素材にするのではなく、むしろ相手の気質や位置づけなどの「本質」を見抜いて、それにふさわしい表現を用意することです。ただの置き換えではなく、みんながぼんやり感じていたけれど、うまく言い表せずにいた「正体」にぴったりの表現をあてるからこそ、納得感やおかしみが生まれるのでしょう。

本質を見抜いて、ビジネスを加速

このような「本質」を見抜き、言葉に凝縮するテクニックはビジネスシーンで議論を深めるのにも有益です。一見、複雑そうな取引条件を見極めて、「それって、ただの『行って来い(バーター取引)』じゃないの?」と言い当てることができれば、こんがらがりそうになっていた議論に解決の糸口が見えてきます。強引な図式化を恐れないで端的なたとえを試みることは、状況の整理に役立つものです。うまくたとえるコツは表面的な見え具合にとらわれないで、「要するに誰が得をするの?」「いきさつはさておき」といったふうに物事を単純化してずばりと「本質」をとらえようとする意識です。やや身もふたもない物言いは時に余計なノイズをそぎ落としてくれます。

人間にはたくさんの「顔」があり、単純化は至難です。でも、引き継ぎや商談に際して上司・同僚に取引先のキャラクターを尋ねられるような機会は割とよくあるもの。こんなときに長々と説明するより、「まっすぐな人」とか「難物」といったワンフレーズ的表現を選ぶほうが伝わりやすいところがあります。細部は補足すれば済みます。言い方を変えれば、そういう端的な表現ができるぐらいに相手を知っておくことが的確なたとえの前提条件となります。冗長な説明を始めてしまうと、「だから、要するにどんな人なの?」と聞き手をいらだたせてしまいかねません。商品や企画の説明でもキャッチフレーズ的な端的表現は聞き手の理解を助けます。

ビジネスの現場でたとえが有用なのは、その短い表現にたくさんの情報が濃縮されているからです。だから、巧みなたとえができる人は観察眼や表現力も一緒に評価されているわけです。「うまいこと言う」がビジネスパーソンとしてかなりの高評価といえるのは、その短いたとえに当人の総合力が映し出されているからだといえるでしょう。

上手なたとえは簡単ではないので、日ごろから気になった点に適切な言葉を当てる訓練を重ねておきたいところ。たとえの経験値が上がれば、急な場面でも当意即妙のワンフレーズを繰り出せるようになります。ただし、多用すると「口の悪い人」「皮肉屋」といった見方をされかねないので、実際に口に出すのはここぞというタイミングを見計らうようにしたいものです。

次回は、寡黙な人から会話を引き出す法です。お楽しみに!

「臼井流最高の話し方」は水曜更新です。次回は10月18日の予定です。

臼井由妃
ビジネス作家、エッセイスト、講演家、経営者。熱海市観光宣伝大使としても活動中。著作は60冊を超える。最新刊は「今日からできる最高の話し方」(PHP文庫)
公式サイト http://www.usuiyuki.com/

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