店員「ポイントカードは?」

「大丈夫です」

ドラッグストア店員「レシートのほうは大丈夫だったでしょうか?」

「大丈夫です」

すべて「そんなもんいらない!」と邪険に拒むのではなく、柔らかく上品に「大丈夫です」とこたえ、穏やかにやんわり「申し訳ないけどいらないってことで、お許しください」と「不要」を伝えているということになる。

ソフトな断り方にも使える「大丈夫」

スーパー店員「レジ袋は大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

この問いかけのように店員は「不要ですか?」といきなり「不要」を前提として客に尋ねる場合さえある。これは何も意地悪だとか、ケチだというのでなく、地球温暖化対策の一環で、レジ袋使用を控えようと試みる店ではエコバッグ持参の客が多い。そういうお客様の善意を先取りした優れた「大丈夫=不要」という尋ね方なのだ。

スーパーのレジで「袋は大丈夫ですか」と尋ねられることも増えた PIXTA

客側は「きっとあなたは地球に優しい人ですよね」という確認を求められた格好になる。「はい、大丈夫です」という返事は「もちろん、エコバッグ持参です」というメッセージとなり、善意を店側から認めてもらえた客も悪い気はしないのかもしれない。

洗髪中の美容師「どこか気になるところとか、ありますか?」

洗髪は主に若いスタッフが担当する。彼ら彼女たちは日ごろから「お客様としっかりコミュニケーションをとりなさい。そのためにはいろいろ質問することね」などと教え込まれている可能性がある。

「そういえば、気になるのは最近生え際が薄くなった気がして」などと口を滑らせると大変なことになりかねない。スタッフから「食事はどうされているんですか? 運動は? 仕事は?」と、思わぬことまで尋ねられてしまいそうだと心配する向きには「大丈夫です(関わらないでください)」が一番の答えかもしれない。「大丈夫です」は「柔らかな拒否」でもあるのだから。

保険勧誘員「お入りいただいていた入院保険はいかがでした?」

「ああ、大丈夫でした」

この答えを見ると、実際に勧められて加入した入院保険は役に立ってありがたかったのだろう。その満足げな声に勇気づけられた保険会社の女性が話を続けた。

保険勧誘員「この際、奥さまの分もいかがですか?」

「それは大丈夫です」

夫は保険が自身の役に立ったことのありがたさを示す一方で、妻の新規加入は今のところ考えていないという相反するメッセージを、1つの言葉で上手に伝えていた。

イエスも、ノーも、必要も、不要も、うまいも、まずいも何でも表現できる万能言葉「大丈夫です」。ただ、ビジネスシーンで使う場合は日常よりも丁寧な扱いが必要だろう。たとえば仕事の進行状況を上司から尋ねられて「大丈夫です」と応じたら、上司は「ほとんどできあがりつつあるんだな」と思うかもしれない。でも、実際の仕上がりがまだ半分程度だったら、後になって「まだ終わらないのか、さっきは大丈夫と言ったくせに」と上司が不満を抱くおそれがある。受け取り方が様々な「大丈夫」という言葉に託してしまわないで、もっと具体的に「あと3時間かかります」とか、「今、半分ぐらいの進捗です」といった表現を選ぶほうが誤解が生じにくい。

「ノーサンキュー」の意思表示をしたいケースでは、さらに言葉選びを慎重にしたい。冒頭に挙げた焼き肉店の例でもわかる通り、先方が気配りして提案してくれたのに、「大丈夫です」で答えてしまうと、気分を害しかねない。こちらが客の立場であれば、素っ気ない態度でも済むだろうが、上司や取引先が相手ではそうはいかない。

「君の案で構わないが、保険を掛ける意味でもう1案加えてはどうか」と上司から言われて「大丈夫です」と応じると、「その追加案は余計です」のニュアンスが感じられ、ややつっけんどんな印象を与えやすい。「じゃあ、好きにしたまえ」と、上司がへそを曲げる心配だってある。意味合いのゆるい日常会話の言葉遣いをそのまま職場に持ち込むと、本来の意図とは違って受け取られかねないうえ、物言い自体が軽々しく見えがちだ。用法が広がりつつある「大丈夫」だが、仕事言葉としてはそんなに大丈夫ではないかもしれない。

※「梶原しげるの『しゃべりテク』」は木曜更新です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。