山形の芋煮 たっぷり作るのが地元流、シメはカレーに
直径6メートルの巨大鍋でサトイモや牛肉を煮込む恒例行事「日本一の芋煮会フェスティバル」が、今年も9月17日(日)に山形市で開催される。
芋煮は山形県民のソウルフードと言われ、秋になると、家族や会社の同僚、仲間などが集まり、各地で芋煮会が繰り広げられる。山形市などの内陸はしょうゆ味がメインで、一方海のある庄内地方は味噌味が多いなど、県内でも様々な味のバリエーションがある。またフェスティバルが開かれる山形市では河原で催すことが多いが、地域によっては自宅の庭先だったり運動会の後にグラウンドで開催したりと、スタイルも様々だ。
今回は山形市を訪れ、フェスティバルが開催される馬見ヶ崎川の河原で、地元流の芋煮を体験させていただいた。
芋煮と言えば大鍋だが、そもそもあんな大きな鍋は家庭にはないと思う人も多いだろう。芋煮の本場とはいえ、それは山形市も同様だ。
河原の近くにある地元スーパーに行けば、貸し出し用の鍋や敷物などが用意されている。芋煮用の食材はセットにもなっていて、飲み物なども含めて、調達はほぼワンストップで終えることができる。
道具と食材がそろったら、それを河原に持ち込む。最盛期には、芋煮客でいっぱいになるという広い河原には水道があり、堤防のむこうには公衆トイレもある。至れり尽くせりだ。
4人分の材料はサトイモ(800グラム)、コンニャク(1枚)、ネギ(1本)、牛肉(250グラム)。好みでキノコや根菜類も加える。今回はゴボウのささがきも入った。鍋の水は6カップ。調味料はしょうゆ(120cc)砂糖(大さじ2杯半)、日本酒(大さじ2杯)。
まずは下ごしらえ。スーパーで売っているサトイモはすでに皮がむいてあり、まずは水洗いをしてぬめりを取る。大きい芋ならピンポン玉大を目安に小さく切る。こんにゃくは一口大に手でちぎり、牛肉は4~5センチに。ネギはざっくりと青い部分も入れて切る。
場所取りをしたら、やはり借りてきたかまどにまきをくべて、水を張った大鍋をのせ火をつける。かつては、河原の石を寄せ集めてかまど代わりにしたと言うが、鍋の安定を考えるとレンタルのかまどを使うと便利だ。燃料のまきもスーパーで売っている。
鍋を火にかけ、サトイモを下ゆでする。沸騰してくるとけっこうなアクが出てくるのでていねいにすくい取る。サトイモにすっと箸が入るようになったらこんにゃくや野菜、肉を入れて調味料を投入する。
最後にネギを入れて味を調えればできあがりだ。
だしは使わずに、牛肉としょうゆ・砂糖といえば、すき焼きの味付けだ。汁が飲める程度の薄口のすき焼きをイメージすると味付けしやすいという。ただし、芋を煮込むので、飲んでちょうどいい程度よりは少し濃いめの味付けがベストという。
できあがったらかまどから鍋を下ろし、地面に置いて配膳する。
できたての芋煮は、やはり抜群のおいしさ。サトイモに歯を入れるとほくほくの食感を楽しめる。そして熱々。口の中で転がすようにしないとやけどしそうだ。
そしてつゆの絶妙の甘さ。まさしく「飲むすきやきのたれ」の感覚。日本人ならこの味が嫌いという人は少ないだろう。
その牛肉が「えっ、こんなに!」といいたくなるほどたっぷり入っている。しかも一見して「いい肉」。東日本は肉と言えば豚肉、西日本は牛とよく言われるが、山形県は東日本にあっては珍しい「肉と言えば牛肉」の食文化。牛肉のおいしさにはこだわりを感じる。
東日本ではネギの白い部分だけを食べるのが一般的だが、緑の部分も大胆に入れるとこで見た目の色味がよくなる。
ちなみに、本場の芋煮会はただ芋煮を作って食べるだけではない。家族や知り合い同士のコミュニケーションを深める場でもある。お酒も付き物だし、芋煮以外の料理もあれこれ並べる。
なので、昼間から夕暮れまで、会が長時間にわたることも多いという。山形の芋煮は量が多い。たしかに、これだけあればどんなに長い宴席でも途中で「品切れ」になることはないだろう。
この日もまず、1人当たりおわんで2杯以上は食べただろう。それでも、大鍋には半分以上の芋煮が残っている。たっぷり芋が入っているので、おなかが膨らんでくるし、いくらおいしくても量を食べると、さすがに味にも飽きてくる。
そんな山形の芋煮会で、この30年ほどで急速に広まったのが芋煮カレーうどんだ。
山形県民はそばやラーメンなど麺料理を好んでよく食べる。芋煮会でも、シメとしてうどんを入れることが多かったようだが、そこに市販のカレールーを投入、カレーうどんにして食べることが広まった。現在では、山形市内で行われる芋煮の7~8割が、シメにカレーうどんを楽しんでいるという。
今回芋煮の調理をお願いした山形芋煮カレーうどん寄合は、この山形市特有の芋煮カレーうどんでまちおこしに取り組む市民団体。B-1グランプリなどのイベントに出展して、山形ならではの味を提供、全国にわが町の魅力をアピールする。
ちょっと甘めのしょうゆ味とスパイシーなカレーの組み合わせが絶妙だ。たっぷりのサトイモでおなかがふくれていても、芋煮カレーうどんだと「別腹」で食べられてしまうから不思議だ。うどんはもちろんだが、すでに結構食べているサトイモもカレーをまとうとまたひと味違う。
一見ミスマッチの組み合わせは、だしの効いたそば店のカレー南蛮と同様だ。カツオだしこそ香らないが、すき焼きの風味を取り込んだ、粘りけの少ないさらっとしたカレースープはついつい飲み干してしまう。
芋煮の汁にビールに日本酒……すでに水ぶくれといっていい、立ち上がると「たぷん」と音がするような胃袋に、さらにカレー汁が吸い込まれていく。
それだけ食べてなお、鍋には芋煮カレーうどんが残るのは予想通りだった。鍋ごと持ち帰ったり、小分けの容器に移して持ち帰るのもまた、山形県ではよくあることだという。
川沿いの道路を隔てたところには、毎年「日本一の芋煮会」で使われる大鍋が展示されていた。本番では、これをクレーンで持ち上げて河原に下ろし、重機を使って芋煮を作る。
何もそこまでやらなくても……と思う人もいるかもしれない。しかし山形では、たっぷり作ってこそ、たっぷり食べてこそ芋煮なのだ。そして、地元の芋煮はフェスティバル当日だけではない。寒さで河原での調理ができなくなるまで、週末ともなれば、毎週、河原が芋煮客で埋まるという。
市内の多くの飲食店でも食べられる芋煮だが、一度は河原で、シメの芋煮カレーうどんまで堪能してみてほしい。
(渡辺智哉)
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