名経営者の思いもよらぬ意思決定 非常識か新思考か
経営トップの大胆な決断は理解を得にくいこともある PIXTA
経営コンサルタントにとって一番興味深い研究対象といえば、それはなんといっても「経営者」でしょう。特に大企業の名経営者であればあるほど、その意思決定にはしばしばサプライズがあります。
「なんでこんなふうに決めてしまうんだろう?」と思うような意思決定が大企業のトップによってもたらされることは少なくありません。そこにはわれわれの知的興味をかきたてる何かがあります。
歴史上の名経営者と呼ばれたGE(ゼネラル・エレクトリック)のジャック・ウェルチ、IBMのルイス・ガースナー、ディズニーのマイケル・アイズナーといった人々が思いもよらない意思決定を下すのは、視座の高さの違いだといわれます。凡人の視点では非常識に思えることが、少し高い視点に立ってみると正しい判断だということは、どの世界でもあることです。
視点が高ければ、結果が正しいとは限らない
ただ、視点が高い経営者が常に正しい判断をするとは限りません。こういった経営者の方の話をうかがうと、むしろ視座が高いために間違った判断をしてしまうことも少なくないそうです。
わかりやすい例を挙げれば、ハリウッド映画などで現場の刑事が人質を必死で救出しようとしている一方で、映画の中の政府上層部のエリートが人質もろともテロリスト全員を抹殺しようとするようなシチュエーションがあります。視座が高いことによる間違いとは、このようなものです。
経営者の方と本当に腹を割って話をしてみると、少なからず、そのような意思決定についても過去のことでひっかかっている苦い思い出があるものです。
そのような名経営者と呼ばれる人々には、共通した傾向がふたつあるようです。ひとつは役割として必要であれば何度でも非情な意思決定ができるという傾向、もうひとつは、それでいてとても人間的だという傾向です。
大企業の経営者である以上、株主や従業員への責任を果たすために、局地的には非情と言われるような意思決定を下さなければならないケースがたくさんあります。
ただそのような非情な判断ばかり下していては周囲もついてこなくなるでしょう。
名経営者は非情な意思決定を下す一方で、実に人間的な魅力にあふれています。ここには経営コンサルタントとしてたくさんの経営者と付き合ううちに見えてくる経営の醍醐味のようなものがあります。
自分が経営者だったらどう行動しただろうかということも想像しながら、戦略思考力をストレッチしてみてください。
1935年、アメリカのラジオ機器メーカー最大手RCAのエンジニアが、雑音(ノイズ)が全くしないラジオを発明しました。FMラジオの誕生です。試作品のラジオから流れるピアノとギターの生演奏は、それを初めて聴いた人々を驚かせたといいます。このFMラジオの特許が成立したことを受けて、当時のRCA社長のデビット・サーノフはどのような経営行動をとったでしょうか?
【ヒント】
夢の発明を社員が行った。その場合に経営者がとる行動とは? サスペンス映画のシナリオライターになったつもりで考えてみましょう。
答え 徹底的にFM技術を封印した
当時、RCAはラジオ局の機材から家庭のラジオまで、アメリカのラジオ市場で最大の影響力を持つメーカーでした。そしてAMラジオの技術に関しては多数の特許を有し、ラジオ局はRCA製の機材を購入しなければ放送が成り立たないような状況でした。
もしFM技術が発展すれば新しい競争相手が出現してラジオ市場でのRCAの寡占状態が崩れる可能性があります。そこでRCAの経営陣は、社内でのFM技術の研究を抑制する一方で、政府に働きかけて、FMに有利な周波数をFMラジオ局に割り当てないように動きました。
この作戦は成功した様子で、おかげでわたしたちはつい最近、インターネットラジオが登場するまで、何十年にもわたって雑音でガーピー鳴るAMラジオ番組を聴かなければならなくなったのです。割れないガラスを発明した職人をすぐ処刑して、秘密にし、自国のガラス産業を守ったとされる王様の昔話もあるそうです。
※「戦略思考トレーニング」は木曜更新です。
百年コンサルティング代表取締役。東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループを経て2003年に独立。持ち前の分析力と洞察力を武器に企業間の複雑な競争原理を解明する競争戦略の専門家として活躍。