東松山やきとり 豚カシラ肉、辛いみそだれたっぷりで
やきとりという言葉に、多くの人は串に刺した鶏肉を炭火で焼いた料理を思い浮かべるだろう。しかし全国的には、実は必ずしも「やきとり=鶏肉の串焼き」ではない。
福岡では豚バラが人気だし、北海道の室蘭もやはり豚肉。同じく美唄は鶏のモツを、しかも一串に様々な部位を刺したものがやきとりだ。福岡県の久留米は、串に刺してあれば、魚でも野菜でもやきとりだし、愛媛県今治は、鶏肉を串は使わず鉄板焼きにしたものだ。
東京近郊にもそんな町がある。埼玉県の東松山だ。
東松山のやきとりは「カシラ肉」と呼ばれる、歯ごたえのある豚の頭の部分の肉を串に刺して炭火で焼いたもの。それにピリ辛のみそだれをたっぷりとつけて食べる。東松山ならではの味だ。
東松山市は埼玉県の真ん中に位置する。東武東上線で池袋から約45分と交通の便がよく、都心のベッドタウンとして人口約9万人を擁する。単なるベッドタウンではなく製造業も盛んで、関越自動車道など道路事情もよいため、物流拠点としても重要度が高い。そのため、市内で働く人も多く、独自の経済圏を形成している。
東松山やきとりは、そんな地元で働く人たちの空腹を満たしてきたご当地グルメだ。
ではなぜ「カシラ肉+みそだれ」になったのか? 誕生したのは昭和30年代という。
埼玉県北部から群馬県にかけては、豚肉の生産が盛んな地域だ。とはいえ、昭和30年代はまだ肉は高級品。庶民の口には簡単には入らなかったという。
そこで着目したのが、ホルモン同様、当時は食肉としてのニーズの少なかったカシラ肉だ。かつては市内に食肉処理場があり、そこから新鮮なカシラ肉を安く仕入れることができた。これを、肉の調理にたけた地元の在日コリアンが屋台で焼いて出したのが始まりと言われている。
カシラ肉は、一晩寝かせると肉が締まり、うまみが増すという。これが、東松山やきとりのセールスポイントの一つである歯ごたえの背景だ。ただし、焼きたてなら魅力的な歯ごたえも、時間がたつと固くなってしまう。東松山やきとりは、ぜひ焼きたてを食べてほしいという。
東松山やきとりのもう一つの特徴であるみそだれが誕生したのは、寄居でホルモン店を営んでいた「大松屋」が東松山に移転してきたことがきっかけだ。
寄居の時代から東松山のやきとり店に串刺しのカシラ肉を販売していたという「大松屋」。みずから東松山に移り、やきとりを提供するようになると、ホルモンのたれを流用したみそだれを使うようになった。
こうして豚肉に合う韓国風の辛いみそだれが誕生、東松山の味が完成した。
みそだれは現在、各店それぞれが工夫を凝らし、その店ならではの味に仕上げているという。
誕生のストーリーはこれくらいにして、おいしい東松山やきとりを実際に味わってみることにしよう。
東武東上線の東松山駅を降りると、確かに駅周辺にはやきとり店が多く目につく。中には「焼肉・ホルモン」の看板を掲げながら、同時にやきとりの赤提灯が下がる店も。ホルモンや韓国焼き肉をルーツに持つ東松山やきとりらしさが肌で感じられる。
今回は、数多いやきとり店の中から、東松山焼鳥組合を代表して「やきとり桂馬」を取材させていただいた。
午後5時の開店前に店を訪ねると、すでに長蛇の列。相当な人気店のようだ。カウンターの焼き台前の「特等席」に陣取り、話をうかがいながら本場の東松山やきとりに舌鼓を打つ。
メニューはシンプル。やきとりは、東松山やきとりを代表するカシラ肉のほか、レバー、タン、ハツ、なんこつ、つくね、しろの全6種類。いずれも1本120円だ。
念のため確認すると、鶏肉と豚肉の合い挽きというつくね以外、すべて豚肉だ。やきとりを名乗りながら、純粋な鶏肉の串ものは皆無というわけだ。
開店と同時にほぼ席は埋まり、それに対応するかのように、焼き台にはカシラ肉がずらりと並ぶ。まずはカシラ肉からいただく。
焼き方は店によって多少異なるというが「やきとり桂馬」では塩など下味は一切つけずに串をそのまま炭火にかける。
焼き上がったところを小皿にのせてくれる。
ここでみそだれの登場だ。どれくらいつけたらいいものかとご主人に尋ねると「たっぷりつけて」とのこと。とりあえず撮影用にと、みその入った容器から刷毛で半分だけたれを塗って写真を撮る。すると、隣席の常連さんから声がかかった。
「もっとたっぷりのせないとおいしくないよ」
けっこう辛みの強いみそだれを「ぬる」というより「のせる」感覚でたっぷりつけるのが地元流らしい。
カシラ肉はやはり歯ごたえ十分。辛みの強いみそだれを、それこそ山盛りにつけても負けない味の強さがある。しっかり噛みしめながら味わう。
次はレバー。人によっては、レバー、特に豚や牛のレバーを食べられない人もいるが、そもそも鮮度がいい上に、みそだれをたっぷりつけるものだから、レバー特有の臭いはまったくといっていいほど感じない。さっくりと歯が入っていく、心地よい食感が魅力的だ。
ハツ。カシラ肉もけっこうな歯ごたえだが、筋肉質のハツ=心臓はいっそう歯ごたえが強い。
ここまで食べ進んで気がついたのは、ネギの太さ、大きさ。鶏肉のやきとりのねぎまに比べ明らかに太くて大きいと感じた。ただ、鶏肉に比べるとカシラ肉は歯ごたえが強く、かつ味も強いので、これくらいネギの存在感があっても、バランスはいいように感じた。
なんこつ。これまでは噛みしめる食感だったが、なんこつだけにコリコリの食感を楽しめる。
そして同店唯一の鶏肉が入ったつくね。豚肉との合い挽きだというが、色の淡さと言い、ソフトな味わいといい、言われてみれば「鶏肉」を実感できる。しかし、やっぱりみそだれは山盛りだ。
最後を締めるのはしろ、白モツだ。ここまですべてたっぷりとみそだれをつけて食べてきたのだが、しろだけは焼き上がりをしょうゆだれにくぐらせて出してくれる。ご主人も、しろだけはたれがいいのだという。
しょうゆだれの上からみそだれを盛る人も多いというが、せっかくなので、みそだれではなく七味を散らして食べてみた。白モツ特有の歯ごたえで、何度も噛みしめながら味わう。確かに、しょうゆだれがよく合う。
帰り際には、みそだれのルーツ店という「大松屋」にも立ち寄ってみた。「やきとり桂馬」も同様だが、両店とも事前に思い描いていた「駅前のやきとり店」のイメージを超える立派な店構えに驚かされた。やはり多くの市民に愛されているのだろう。
残念ながら都心の店に比べ、閉店時間が早めの店が多い。都心から1時間弱の距離だが、食べに訪れる際は、早めのスタートをおすすめしたい。
(渡辺智哉)
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