人間の営み、不変と実感
前環境相 山本公一氏
そんなに難しいお勉強みたいな本は読まない。系統だって読んでいるのは時代小説だね。東京では国会近くの書店を利用する。橋本龍太郎元首相がよく立ち寄っていた店だけど、最近は読んでない本を探すのが大変だ。
やまもと・こういち 1947年生まれ。慶大経済卒。関西汽船に入社し、愛媛県議を経て93年に自民党から衆院初当選。総務副大臣。衆院愛媛4区、当選8回。
歴史物のとっかかりは吉川英治の『宮本武蔵』だった。中学校の数学の先生がこの小説を丸暗記していて、ちょっとおだてると授業をこっちに置いておいて一節をそらんじ始めるわけだ。そういうこともあって最初に読んだ長編で面白かった。
武蔵と沢庵和尚の禅問答は「宇宙」なんて言葉がたくさん出てきて中学生にはよく分からなかった。剣豪小説というより、もう少し深い中身だという気がする。『新・平家物語』とかも読んだが、吉川英治がえらい、すごいなあと思うのは作品に哲学がある点だ。
それからありとあらゆる時代小説を読んだ。山岡荘八はみんなが書かない『徳川家康』をシリーズにまとめあげた。けっこう乱読で池波正太郎、藤沢周平は全部読んだ。池波正太郎は『剣客商売』『鬼平犯科帳』『雲霧仁左衛門』にしてもやはり面白い。
大人になってからは時代小説でも江戸物、人情物、世話物を読んだ。今で言うと山本一力や宇江佐真理とか。山本一力の『あかね空』は秀逸だねえ。えらい人が書いた本は、それはそれで参考、お勉強になる。だけど庶民の暮らしをテーマにした小説を読むと、なんとなく「人間の暮らしには上も下もない」「みんな考えることは一緒なんだ」と実感できる。
そういう考えは自分の人生観であり、いま政治をやっていても何となくそういう思いでみている。新幹線の車窓から眺めると、そこには一戸一戸の家があり、生活がある。それぞれの人生があるんだなあという感覚は、読んできた本とつながっていく気がする。
キャロライン・ケネディ前駐日米大使にいただいた『ジョン・F・ケネディ ホワイトハウスの決断』という本だ。大使が表敬で来てくれた際に彼女のサインを入れたものをいただいた。私の尊敬する人がお父さんだとどこかで見て知っていたと思う。一生の宝物で大切にしている。
高校生の時にダラスで大統領暗殺事件が起きて、私は初の日米テレビ中継を見ていた。それで一気にのめり込んで、演説集を買って興奮した。大使に「ケネディ氏がいなかったら私は政治の道にたぶん入っていなかった」と言ったら非常に喜んでくれた。
環境相になってからの出会いでは、米コロンビア大のスティグリッツ教授も来日した際にお目にかかり、『これから始まる「新しい世界経済」の教科書』を贈呈してもらった。
彼は経済学者でありながら環境問題に造詣が深い。気候変動のカーボンプライシング(炭素税などの炭素価格付け)は、必ず経済成長につながるという論を展開してくれる。環境問題は昔から孤立無援だから、著名な経済学者が関心を持って後押しをしてくれるのはありがたい。
いまだに記憶に残っているすごい小説が小松左京の『日本沈没』だ。SFは非現実だと思いがちだが、この作品は「実際にあり得る」と感じた。リアルな設定、時の政府の対応もよく調べてあったし、国家とは何かを深く考えさせられた。映像になったときはがっかりしたけどね(笑)。
ベストセラーは一応手に取ってみる。最近では『応仁の乱』がなぜ売れているのか分からないので読んでみた。私は歴史好きだけれども、応仁の乱は抜けているところだ。この本はどちらかというと論文。でも登場人物の続き柄や戦いがどうして起きたのかが分かるという意味で面白かった。
1つの権威、時代が壊れる時はこんな形で崩れていくのかなあと。人間のやることはいつの時代も一緒だと感じる。知恵が付いたようでも、やっていることはいつも同じだ。
(新聞掲載時、山本氏は環境相でしたが、2017年8月に交代しました)
「リーダーの本棚」は原則隔週土曜日に掲載します。