その「冷やし」適温ですか? わずかな差が意表を突く
夏が始まる前、ひとつの思い出が終わりを迎えてしまった。
高1の夏、私が人生で初めてアルバイトをした洋食店のご主人が、高齢のためすべての事業をたたんでしまったのだ。ローカル新聞に引退宣言を掲載するほど地元の人に愛された味だったが、ペンションもレストランも、ソウルフードとも言えるあのドレッシングも、もう記憶の中にしか存在しない。
今思えばバイト募集もしていない店に、自分を雇えとゴリ押しするのはなんとずうずうしかったことか。しかしそれほどまでに私はこの店の味が気に入っており、つまり16歳にしてまかないに目がくらんでおり、そして予想以上にまかないは素晴らしかった。夏休みの1カ月ですっかり太ってしまったほどだ。
思い出の料理はたくさんある。思い出のシーンもたくさんある。中でもこの季節によく思い出すのは、ビシソワーズのことだ。
店にはいつも、ランチタイムが終わろうとするギリギリの時間に飛び込んでくる常連のおじいさんがいた。おじいさんが注文するのはいつも一緒。ジャガイモの冷たいスープにコンソメのジュレをたっぷり乗せた裏メニュー、ビシソワーズおじいさんスペシャルだ。
冷たく冷やされたガラスのスープ皿に、ぼうっとけぶるような白と茶色のスープ。スプーンでひらひら口元へ運びながら「あ~美味、美味」と、大声で称賛を告げるのもいつものこと。大の大人が毎度「美味、美味」と言うのだもの、気にならないわけがない。
1カ月の契約期間が終わった次の日に私がしたことは、夏休みの宿題を片付けることではなく、夏の恋を清算することでもなく、お客として店へ出向いて「ビシソワーズおじいさんスペシャル」を注文することだった。
プロが真面目に作ったコンソメの、恐ろしいほどのおいしさ。深淵に足を取られるかのようにスプーン運びが遅くなり、のろのろとすすっていると突然シェフが顔を出した。
「そのスープはね、冷たい温度で一番おいしいように作ってあるから! 温度が上がらないうちに早く食べて!」
そのあとはあまり覚えていない。なんだか恥ずかしくなって、おそらく残りは一気に飲み込んだのだろう。
ともあれあの夏の日以来、私は冷たいスープには目がない。幸いにしてこの時期に旬を迎える夏野菜は、どれも冷たいスープにぴったりだ。
トウモロコシや枝豆のポタージュは言うまでもなく王道。近所のお店で教えてもらったナスのスープは、清々しい風味が格別だ。むせ返るほど野菜感たっぷりなのは、トマトやピーマンなどがたっぷり入ったガスパチョ。きゅうりとヨーグルトのトルコ風スープはさっぱりおいしく、モロヘイヤのスープは食べる前から体に良さそう。
洋風スープばかりでなく、味噌汁や吸い物を冷たくして飲むのも好きだ。豚汁など脂が気になるもの以外は、どんな具材でもそのまま冷やして問題ないが、オススメを挙げるなら「ナス」「なめこ」「豆腐」あたりだろうか。特に揚げナスの冷赤だしは、わざわざそのために作る価値がある。
またオクラやじゅんさいなどのぬるぬる系も、夏の冷たい汁物に合う。夏バテ気味の気だるい朝に、オクラと梅干しの冷たい吸い物が用意してあれば最高じゃないか。そろそろ旬が終わりそうなじゅんさいは、吸い物にもよし、冷たい茶碗蒸しにもたまらない。
冷やし茶漬け、という手もある。
今年はコンビニでも売られ始め、多くの人の目を開眼させている冷やし茶漬け。お茶漬けの真髄である「さらさらとかきこむ」は、冷やしにするとより顕著となる。時間がなければ冷や飯に梅干し、麦茶をかけるだけでもいいし、市販の素をあれこれ試すのも楽しい。
個人的に冷やし茶漬けの最高峰と思うのは「冷やしなめろう茶漬け」だ。南房総のソウルフードであるなめろうをお茶漬けにする。それだけでも最高なのに、冷たくすると破壊力は倍だ。これだけで酒の肴になる、〆にもなる、朝でも夜でもいい。冷やし茶漬け界のレジェンドとして、強く世間にアピールしていきたい所存である。
我が家の夏は、冷蔵庫に「冷やしもの」が増えてきたことで感じられる。元々は、あとは牛乳やだしで伸ばすところまで作っておいた冷やしスープの素のことを「冷やしもの」と呼んでいたのだが、そのうち汁気の有る無しに関わらず、冷やしておいしいもののことをそう呼ぶようになった。
冷やしものには「冷やしたもの」と「冷えてしまったもの」の、異なる流派がある。このふたつは厳密に分けなければならないが、どちらが上というものではない。思わぬものが冷えてしまったとき、意外なおいしさに驚くこともあるだろう。その好例が「昨日の残り物」だ。
ラップをかけられ冷蔵庫で一晩過ごした昨日のコロッケの、しんなりした衣に愛を感じたことはないか。鍋ごと冷蔵庫に突っ込んであった適当な煮物に、箸が止まらなくなったことはないか。レンチンするのも面倒だとそのまま口にした冷や飯の、米のうまさに意表を突かれたことはないか。
私はある。夫もある。夫など、イマイチと思った料理はまず「冷やし」を試してみるくらい、味と温度の相関関係にご執心だ。
海辺にある私の実家では、昨日の残り物といえば魚に決まっていた。冷えた残り魚の醍醐味と言えば、そう、煮こごりである。ああ、冷えて固まったぷるぷるの煮汁ときたら!
そのぷるぷるをそうっと箸でつまみ、ご飯の上に乗せる。熱々ご飯ではぷるぷるがすぐ溶けてしまうので、この場合はやはり冷や飯が望ましい。いや、もう子供じゃないんだ、酒だ。日本酒だ。冷えたぷるぷるをつまんで、冷やを飲むのだ。家に帰るまでが遠足だとしたら、ぷるぷるを平らげるまでが煮魚だ。校長先生、やっとわかりましたよ。
同じ冷やしもの好きでも、夫と私では好む温度が違う。時と場合によっても違う。なので食べ始めてからも「これはもっと冷やした方が」「いやいや、もう少し室温にさらして温度を上げたい」などと、微調整に余念がない。
あの夏のビシソワーズにも、よく思いを巡らせる。シェフの言われる温度が本当に最適解だったのか。もう少し温度を上げたらどう変化したのだろうか。
食べるもの、飲むものの温度を変えるのは楽しい。ほんの少しの温度差がガラッと味を変えることもある。温めたり冷やしたりの先には必ず発見がある。その温度は果たして最適解か? 答えは自分自身の中にある。
(食ライター じろまるいずみ)
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