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ピアノ調律師の数を推定する考え方はコンサルティング的思考に通じる PIXTA

ピアノ調律師の数を推定する考え方はコンサルティング的思考に通じる PIXTA

戦略コンサルタントに必要なスキルのひとつに、だいたいの大きさを推定するという技術があります。それはたとえばこんなシーンで使われます。

あなたが食品用乾燥剤(シリカゲル)の用途開発のアイデアを評価するコンサルタントだったとしましょう。食品用以外の用途でシリカゲルがもっと売れないかと、いろいろなアイデアを出してもらった中に、

「靴下の中に入れて水虫を予防する」というアイデアが出たとします。この商品、うまくいったとして年間どれくらいの売り上げになるでしょう?

コンサルタントはこういった問題を推定するのが得意です。たとえば私なら、

推定売り上げ=水虫に悩む人口×市場浸透率×年間購買量×単価

というように式を置きます。答を出すために、まず推定式を作って、次に式の中に代入すべき数字を集めたり、推定したりします。

調べてみると日本人の4分の1が水虫に悩んでいるといいます。子どもを除いてざっくりと推定すれば、2500万人が水虫に悩む人口と置くことができます。

そういった人のうち、どれぐらいがこの商品を買うでしょう? わからないときはざっくりと10%とか5%とかいう市場浸透率の数字を仮説で置いてみます。仮にこの商品がヒットしたら水虫に悩む人の10%が靴下に乾燥剤を入れる習慣がつくようになると仮定してみましょう。

購買量と単価は、商品をイメージして仮定を置きます。たとえば足の指で乾燥剤をがっしりと握って靴下を履く、そんな商品。40個入りで市販価格が100円。40個といっても両足ですから、20回分。これが1カ月の購入量として、年間12パック購入すると仮定します。

「フェルミ推定」の使い方

さあ掛け算をしてみましょう。

推定売り上げ=2500万人×10%×12パック×100円=30億円!

日用消費財メーカーのちょっとした新商品としては、そこそこの市場規模かもしれませんね。なおこれはあくまでブレインストーミングで出たアイデアの話ですので、靴下の中におせんべいの中に入っている乾燥剤を入れても安全かどうかはわかりません。入れてみようと思った人は自己責任でお願いします。

さて、このようなざっくりとした規模感の推定のことを、コンサル業界用語で「フェルミ推定」といいます。物理学者のエンリコ・フェルミが好んで学生にこういった問題を出したからだと言われていますが、そのエピソードは記事末でご紹介するとして、フェルミ推定にちなんだ問題にトライしてみましょう。

問題
 コンサルタントであるあなたは飲料の自動販売機のオーナーにインタビューしました。彼は自販機オペレーターから「平均的な自販機オーナーです」と紹介してもらった人です。オーナーの話によれば、120円の飲料が1本売れるとオーナーの取り分は24円。電気代4000円を経費で引いた1カ月のもうけは1万円だといいます。さあ、たったこれだけの情報から、国内に飲料の自動販売機が何万台あるか推定してください。
【ヒント】
 一見無茶な問題ですが、実はフェルミ推定で解ける問題です。経済学の法則から、もうからない自販機は淘汰され、平均すればこの程度の需要がある自販機しか生き残っていないはずという前提で推理してみましょう。

・答の例

こういった超ミクロの情報から別のマクロの数字を推定する作業も、コンサルの仕事ではよくやる作業です。まず数式を考えてみましょう。

自販機の数=1カ月に全国の自販機で売れる飲料の数÷1カ月にこのオーナーの自販機で売れる飲料の数

となります。

このうち1カ月にオーナーの自販機で売れる飲料の数は、(もうけ+電気代)÷24円で逆算すれば1カ月583本。

では1カ月に全国の自販機で売れる飲料の数は? こういった計算には2対8の法則といわれるパレートの法則を使って推定します。たとえば毎日1本飲むヘビーユーザーが国民の2割いて、それが売上全体の8割を構成していると仮定します。つまり2500万人の国民が月30本自販機で飲料を買うので7億5000万本。それが全需要の8割だったとすると全需要は1カ月9億3750万本と推定できます。

以上のデータをもとに計算してみると、9億3750万本÷583本=約160万台というのが推定値になります。

仮定の置き方が「正解」に近づくポイント

では、本当の自販機の数はどれくらいでしょうか。日本自動販売機工業会のデータによると、253万台(2011年末)だそうです。160万台の推定値に対して実際は253万台。もちろんピタリとはいきませんでしたが、ごく限られたデータから推定したにしては、比較的近い数字が計算できたのではないでしょうか。

物理学の勉強をした人ならエンリコ・フェルミという物理学者の名前は絶対に一度は耳にしたことがあるはずです。量子力学分野の黎明期にフェルミ=ディラック統計と呼ばれる業績を残し、1938年にノーベル物理学賞を受賞しました。

そのフェルミがシカゴ大学時代によく学生に概算問題を出していたことから、このような推定問題をフェルミ推定と呼ぶようになりました。

フェルミが投げかけたフェルミ推定の問題として一番有名なのは、「シカゴにピアノの調律師は何人いるだろうか?」という問題でしょう。

この問題は90年代に米マイクロソフトの入社試験でよく使われたことで(その際には「アメリカ全土に」とか「全世界に」といった具合に前提もいくつか変えられたりしたそうです)ネット上でも有名になり、いろいろな本でこの問題の解き方と模範解答が説明されています。

答の推定の方法としては、

シカゴのピアノの調律師の数=シカゴ市内のピアノの台数÷1人の調律師が年間に調律するピアノの台数

を求めます。300万人都市のシカゴ市には100万世帯があります。その1割がピアノを所有しているとすれば市内のピアノの台数は10万台。ちなみにこの「1割」という仮定の部分はフェルミ推定をする際のキモです。

富裕層のような一部が所有する場合はざっと1割、パレートの法則でヘビーユーザーを想定する場合は2割、ざっと五分五分なら5割という感覚でコンサルタントはこの比率を使い分けますが、ここの部分に「推定の芸術」の力の差が最も出るものです。

平均的なピアノの調律師は1日3台のピアノを調律して年250日働くとすれば1年に調律できる台数は750台。この前提で考えれば10万台÷1人750台で、シカゴ市内には130人の調律師がいると計算できます。

さて、アメリカの人口はシカゴ市の人口の約100倍ですが、1998年のアメリカ労働統計局のデータではアメリカ全土には1万3000人の「楽器修理業、調律師」がいるとされていて、その大半はピアノが仕事の対象だといいます。

[「日経Bizアカデミー」で2013年10月4日に公開した記事を転載]

「戦略思考トレーニング」は木曜更新です。

鈴木貴博
 百年コンサルティング代表取締役。東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループを経て2003年に独立。持ち前の分析力と洞察力を武器に企業間の複雑な競争原理を解明する競争戦略の専門家として活躍。クイズマニアとしても『パネルクイズアタック25』『カルトQ』などクイズ番組出演歴多数。

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