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3つ星マンガ、「現代版サザエさん」に高評価 書店員が選ぶ「50年後も書店に並べたい1冊」

2010/12/22

「夕凪の街桜の国」編集者が明かす誕生秘話

染谷誠・漫画アクション編集長インタビュー

担当編集者としてこうの史代「夕凪の街桜の国」を担当した染谷誠さん

“50年後も店頭に置きたい”と書店員が3つ星で推す「夕凪の街桜の国」。ヒロシマの戦後、原爆症に翻弄されたある家族を描き、数々の賞を獲得した。その誕生を担当編集者としてサポートした双葉社の染谷誠さんに聞いた。(聞き手は編集委員 天野賢一)

――作者のこうの史代さんに原爆ものを描くよう勧めたそうですね。

「ヒロシマを題材に描いてみないか、という提案だけです。もともとマンガ編集者になる出発点が小学生の時『少年ジャンプ』で読んだ『はだしのゲン』。だから『今の広島出身の漫画家にとって原爆とは?』という思いをずっと温めていました。こうのさんとは直接、間接的にデビュー前から20年の付き合いです。4コマやショートコミックで力を付けて、そろそろストーリーものを、という時、そう言えば広島出身だなと」

「お願いした時はずいぶんととまどっていました。もともとほのぼのとした作風だし、(原爆は)広島出身というだけでは軽々に描き、論じられない題材だと感じていたのでしょう。でも真剣に受け止め、ほどなく『いちど挑んでみる』と言ってもらえました」

「30ページの読み切りなら雑誌掲載まで通常3~4カ月。でも彼女はまず図書館に通い始め、徹底的に文献に当たった。ネーム(コマを割ってフキダシと人物の素描を入れたラフ)の完成まで1年かかりました。生活もあるので普通はそこまでやらないんですけど。それが『夕凪の街』です」

――編集部としても破格の扱いですね。

こうの史代さんが「夕凪の街」「桜の国」それぞれの内容を編集者とやり取りしながらまとめたネーム原稿

「とにかく待とうと。ネームを読んだ時のインパクトは強烈でした。長くはないページ数にこれだけ濃密な内容が盛り込まれ、今につながるリアルさがあり、ありきたりの戦争ものに落ちていない。表現も斬新。死に臨んだ主人公の目が見えなくなった後は真っ白なコマが続くのですが、このあたりから涙ぐんでしまって。編集部の近くの喫茶店でしたが、目の前のこうのさんにびっくりされました」

「あえて主人公を死なせるという方法論をこうのさんはありきたりだと思っていたみたい。これだけで終わらせてしまうと“よくある悲惨な戦争の物語”になってしまうと。それで、現代につながる話として後編の『桜の国』を着想したようです。でも、あざとかろうがなんだろうが、作家として原爆に真正面から向き合い、政治的な空気が一切感じられない“一女性の物語”として自分なりの考えを託した点は巧みだった」

「読者の皆さんにもそこに共鳴していただいたと思います。漫画アクションに『夕凪の街』が載った時点(2003年9月)でネットでの反響はすごかった。『2ちゃんねる』のアクションのスレッドを、この作品関連の書き込みが“支配”したり……。作品についてみんなが語り合い始めたので、このリアクションは新鮮で面白い、と定点観測していました」

――翌04年の夏に続編「桜の国」を雑誌掲載し、その年の10月、書き下ろしの後半部分を加えて単行本にまとめています。

「調べるうち、今も元気に生きる被爆2世を描いてみたいという動機が膨らんだようです。こちらも『夕凪の街』だけでも単行本にしたいくらいだったので、続編は大賛成。ただ、それが『桜の国』として形になるまでさらに1年かかったのがもどかしかった。編集者のスケベ根性なのですが、その年の暮れのマンガ賞を狙っていたので単行本化を急いだんです。それで後半は書き下ろしになった。こうのさんにはだいぶ抵抗されましたが」

「初版は1万5000部。アマゾンでは日々順位が上がり、2カ月後には全書籍の売り上げランキングで1位になった。各紙誌で紹介してもらったり、そのころから書店員さんにも独自の店頭販促(POP)を作ってもらったり。もくろみ通り、文化庁メディア芸術祭の大賞などもいただきました」

――結果的に社会現象になりましたが作者の思いはどうだったのでしょう。

「この世界の片隅に」も名作だ

「最初、こうのさんはとにかく不安でしょうがなかった。描いちゃいけない世界に踏み込んでしまった、体験者でもなく、語るべき立場でもないのに、という……。単行本になった後も“原爆作家”ととらえられることには居心地の悪さを感じていたようです」

「それで原爆以外の死、戦争全体にもう1回向き合わなければバランスが取れない、と次回作『この世界の片隅に』(漫画アクションで06~09年に連載。単行本3冊発売中)を描いたんです。激しい空襲を受けた広島県の軍都、呉に生きる人々の昭和18~21年を描きつつ、(戦争の)全体像をしっかり見つめている。その意味で戦略的だし、大がかりな作品です。(『夕凪の街~』とは)色合いこそ違いますが、どちらも長く読み続けられていく作品だと思っています」

▼そめや・まこと 1961年千葉県我孫子市出身。85年明治大学文学部卒業、双葉社入社。漫画アクション、JOUR編集部などを経て2010年漫画アクション編集長。担当した作家は谷口ジロー、さそうあきら、森下裕美など。大学時代は漫画研究会に所属。

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