危機乗り越える知恵学ぶ
日本学生支援機構理事長 遠藤勝裕氏
私の原風景は太平洋戦争直後の東京の焼け野原です。実家は池袋の近くで私は疎開先の山形県で生まれました。小学校に入る直前に東京に戻ったとき、目の前に広がるのは闇市やバラックで、混乱のさなかにありました。
少年期を過ごしながら、日本はなぜこんなに貧しくなったのか、豊かになるために自分は一体何ができるのかと、ずっと問い続けていました。
えんどう・かつひろ 1945年山形県生まれ。早大政経卒、日本銀行入行。青森支店長、神戸支店長、電算情報局長などを経て98年退職。2011年から現職。
高校時代に出合ったのが城山三郎さんの『小説日本銀行』です。兄の書棚にありました。中央銀行の役割に加え、組織の中で生きることと人間らしく生きることの間で揺れる主人公の葛藤に、心打たれました。日銀マンになりたいと思うきっかけになりました。
大学の仲間と読んだシュンペーター『資本主義、社会主義、民主主義』は座右の書のひとつです。東畑精一さんの訳で読みましたが、最近出た新訳本も読みやすい。資本主義は発展して自らを滅ぼす運命にあり、それを乗り越えるのには「創造的破壊」と「技術革新」が必要だと説いていて、強烈な印象を受けました。
日銀に入ると、1970年代にニクソン・ショックや石油危機、90年代にはバブル経済が崩壊し、危機がたびたび訪れました。その都度、シュンペーターを読み返すと、まさに創造的破壊が起き、世界経済は危機を乗り越えてきたのだと感じます。最近のアベノミクスや日銀の金融政策はなおも危うさをはらんでいます。『真説 経済・金融の仕組み』は金融論議に一石を投じる本として読み応えがあります。
私にとって第2の原風景かもしれません。早朝、負傷者を横目に支店に駆けつけねばならなかったのは、つらい体験でした。
日銀の役割はおカネを円滑に供給することだとまず考え、銀行券の受け払いを準備したり、支払期日が過ぎた手形の扱いを決めたりしました。被災した民間金融機関が営業できるように支店内に仮店舗も設けました。書類を手書きで作り、特例的な措置もとりましたが、後になって周囲がこの対応を認めてくれたのはありがたいことです。
精神科医の中井久夫さんがまとめた『1995年1月・神戸』は時々読み返しています。都市型震災の悲惨さがこれほど伝わってくる本は他にありません。読み返すたびに涙が出ます。
危機のときに大事なのはリーダーシップだとも痛感しました。後に読んだ本ですが「日銀マンは奴雁(どがん)たれ」と説いた前川春雄・元日銀総裁の評伝は忘れられぬ一冊です。
雁(かり)の群れには仲間が餌をついばんでいても周囲を注意深く見守っている1羽がいて、それが奴雁です。不意のリスクに備えるリーダーの心得を言っているのだと思います。
日銀を退職した後、経済同友会で教育の政策提言にかかわった縁でいまの仕事に就きました。東京都の教育委員も務め、教育にかかわる経済人の一人として中学や高校などに出張授業に出向くこともあります。
いま心配しているのは、親の経済力の格差が子どもの教育格差につながってしまっていることと、人の基本を育てる教育が揺らいでいることです。
『リーダーの生き方と教師力』は杉並区の教師養成塾で教えていた帆足文宏さんが中心となって作った本で、人材育成にはまず教師力の向上、そのベースになるのが国語力を高めることだと説いています。経営者やジャーナリストらの講義をうまく整理しています。
人材育成にとどまらず組織論やリーダー論、危機管理などで学ぶことが多いのが、山岡荘八さんの『徳川家康』全26巻です。学生時代に読み終えていましたが、改めて読み返すと幅の広さや奥深さに驚きます。
当機構の東京日本語教育センター(新宿)に全巻を寄贈し、「遠藤文庫」をつくりました。外国人留学生の目にとまってくれればと考えています。
「リーダーの本棚」は原則隔週土曜日に掲載します。