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家庭科通じ「生きる力」示す 都立戸山高の情熱派

2017/7/26

荒井きよみ 東京都立戸山高校家庭科教諭

東京都立戸山高校の教諭、荒井きよみさんは都立高校の教員となって33年。現在は都内屈指の進学校で「家庭科」を担当する。実体験を大切に、身近なテーマに潜むあらゆる学問とのつながりを伝えながら幸せに生きていく力を養う。その情熱的な授業、情熱の源を聞いた。

■家庭科は1994年から男女必修科目になった

皆さんは高校の頃の家庭科の授業を覚えていますか? 浴衣を縫ったり、調理実習でお菓子を作ったり、どんな授業が印象に残っているでしょうか? 男子と一緒に家庭科の授業を受けた記憶がある方は、30代より下の世代かもしれません。

日本では高校家庭科が女子の必修科目になって以来30年以上、男子の必修科目ではありませんでした。79年に採択された国連の「女性差別撤廃条約」を受けて、日本でも多くの議論が起こり、94年にようやく男女必修科目になったという歴史があります。家庭科教育の現場もそこで大きく変化し、「スカートを縫おう」といった授業は姿を消しました。

■あらゆる分野がつながっている

私は今、東京都立戸山高校で家庭科を教えています。戸山高校は都立高校屈指の進学校。家庭科は大学の受験科目ではないため、生徒たちにとっては力を注ぐ科目ではないかもしれません。しかし家庭科は多面的で、栄養学や生物学はもちろん、社会学、経済学、歴史学などあらゆる学問分野につながります。

例えば「ブラウニーを焼く」という調理実習では、フェアトレードチョコレートを使い、オーブンで焼き上げている間にブラウニーの商品化を想定して、キャッチコピーを添えたパッケージデザインを考えてもらいます。フェアトレードとは何かを知らなくては、それを知らない人に伝えることはできません。たったひとつのブラウニーから広がる様々な世界を学びにつなげていきます。

直近の受験勉強には役に立たなくても、長い人生の中、いつかどこかでポッと役に立つ。そうした知識や経験がちりばめられているのが家庭科だと思って授業を組み立てています。

■町のことを考えるなら、町へ出る

学びの場は教室だけではありません。魅力的な町づくりのためのユニバーサルデザインを考える授業では「バリアフリー探索」と題して、近所にある地下鉄の駅に生徒たちと出かけます。

現場に足を運んだ後、感じたことや改良点などを話し合うのですが、エレベーターや案内表示といったハード面の工夫を挙げる生徒もいれば、「駅員さんがサービス介助士の勉強をする制度があるといいのでは?」とソフト面に着目する生徒もいます。生徒たちの幅広い着眼点、実用性のある提案に驚かされます。

■ひとつの出会いが生徒を変える

近隣の保育園や高齢者施設などを訪ねる「訪問実習」も行なっています。先日は、高齢者が集まるレクリエーション施設を訪問。ある女子生徒が90歳のおばあさんに「90年間で一番うれしかったことは何ですか?」と聞いたところ、「孫が初月給でごちそうしてくれたこと」と満面の笑みだったそう。

それを聞いた彼女が「これまで子どもが欲しいなんて思ったことがなかったけれど、孫ってそんなにかわいいんだと思ったら、いつか子どもを産んで孫にも会ってみたいと思いました」と言うのです。少子化や人口減について教室で何時間も話すよりも、たったひとつの経験が生徒の心に響く。こういう出会いがあると私もうれしくなります。受け入れ先との交渉に苦労はありますが、頑張ったかいがあった!と思える瞬間です。

訪問実習は行く前にさほど興味がなさそうだった生徒でも、行ってみると大感動します。やはり体験は大切です。ただ知識を得るだけであれば、部屋にこもって机に向かっている方が効率はいいかもしれません。でも、それだけが学びではありません。体験する、そして同じ体験を通じて異なる意見やアイデアを持つ他者の声を聞きながら学べる。これこそ、学校の素敵なところだと思います。

■1枚のプリント教材に情熱を込める

2017年度、私は1週間に9クラスの授業を持っています。同じテーマの授業を9回やるわけですが、私の場合、毎回教材も違いますし、話す内容も変わります。できるだけ旬のニュースや生徒が興味を持ちそうな内容を盛り込みたいので、その日の朝に準備するようにしています。

プリント教材は、生徒にとっては、とある授業で配られる1枚のプリントですが、言ってみれば33年間の教員人生を詰め込んだ渾身(こんしん)の1枚。「なんて素晴らしい教材を作ってしまったんだろう」とほれぼれすることもありますが、結果的にいまいちだったなと心が折れることもしばしば。世の中は気になることだらけ。それを伝えたくて日々作っています。家庭科は普遍的な公式があるわけではありませんし、私が日々アップデートしていないと、生徒たちに教えることができません。毎日が勉強です。

教師のような伝える仕事は、心に届く授業をすれば生徒たちがきちんと反応してくれます。前述のような素晴らしいアイデアが出てきたり、かけがえのない経験を心に刻んでくれたりします。それがなによりうれしいです。生徒とのやりとりがヒントとなります。それが刺激となり続けてこられたのだと思います。また、単純に教材づくりが好きで楽しみながらやっているというのも、30年以上モチベーションを保っていられる理由だとは思います。

■学校ごとに異なる環境に対応

都立高校の教員は6年前後で異動するのが原則。私は今の学校が5校目です。1校目は商業高校で女子が多かったこともあり、家庭科教員が2人いて、新人だった私は女性の大ベテラン先生とともに授業を考えていました。当時の授業は、私が高校生のころと何も変わらず、「家事裁縫」の色が濃いものでした。

2校目はリベラルな共学の進学校で、この間に家庭科が男女共学になり授業内容を見直す大きな転機がありました。「家庭科の授業を通じて子どもたちに伝えるべきことは何だろう」と試行錯誤した時代です。その後、進路が多様な高校や、家庭科教員が13人いる専門学科の高校などを経て、4年前に戸山高校に来ました。

どんな仕事でもそうだと思いますが、環境が変われば求められることも変わります。時代の流れもありますし、自分自身も変化します。専門学科の高校では、実技検定に向けて足並みをそろえることが大事で会議も多く、現在とはまったく異なる仕事の仕方をしていました。でも、どの学校でもそれぞれにやりがいがあり楽しかったです。

■定年まであと数年。その後は

私はあと数年で60歳になり定年を迎えます。生徒には授業で「100年のライフデザインをしよう」などと言っていながら、いざ自分が定年後どうするかと聞かれると困ってしまいます。

じつは今、小学校の教員免許を取得したいと思い、勉強をしています。私は教育学部出身なのですが、大学時代あまりに体育が苦手で小学校の教員免許をあきらめた過去があります。当時は自転車も乗れないほど、運動が苦手だったのですが、今は泳げるようにもなりましたし、今さらですがチャレンジしてみようと思っています。

定年後もなにかしらの形で教育にはかかわっていたいので、小学校の教員免許もないよりはあったほうがいいかなと思っています。どんなふうに教育とかかわっていくかは、まだわかりません。

■欲張りだから、やりたいことは全部やりたい

私は大人でも子どもでも一生懸命な人が好きです。とくに学生などは一生懸命に全力でやっていれば満点と思います。教室には「自分には関係ないや」という顔をしている生徒もいますが、そんな姿を見るともったいないと思ってしまいます。

私はとても欲張りで、1回しかない人生やれるものは全部やりたいと思うのです。見切り発車することもあれば、思いが先行しすぎて行動が伴わず周囲に迷惑をかけることもあります。これまでたくさん恥をさらして生きてきましたが、やっておけばよかったと後悔してはいられないのです。

人は幸せになるために生きています。そして、人は自分だけ幸せになることはできません。世の中のあらゆるものがつながっています。そんなつながりの中で、「家庭科をやってよかった」と実感してもらえたらうれしいですね。家庭科は幸せになるための科目。だからこそ、私自身も幸せを求めながら、叫びながら、生きていたいと思っています。

■取材後記

とにかく明るくてパワフルで情熱的な荒井先生。プライベートでは受験生の母親でもあります。「夫も教師なので仕事に理解がありますし、近所に両親がいて子育てに全面協力してくれたことが大きいですね」と感謝。趣味は百人一首だそうで、「生徒に頼まれて顧問を引き受け、遅まきながらハマったものの、どうもセンスがなく悪戦苦闘中」と笑います。取材の最後に案内してくれたのは、生徒たちと育てているという内藤唐辛子の鉢。「昔、新宿区のこの一体は唐辛子栽培が盛んで」と町の歴史の話でひと盛り上がり。あらゆることを自分の専門領域につなげていける発想力と展開力に感服。皆さん、まったく関係ないと思っている分野が今の仕事につながる可能性、見逃していませんか?

荒井きよみ
東京都立戸山高校家庭科教諭、教育学博士。1985年、東京都の高校家庭科教員になる。普通科、生活科学科などの家庭科教諭として4校を経て、2014年から戸山高校で教壇に立つ。東京都生まれ。

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