ベトナム撤退で進退伺 「貴重な失敗」まさかの昇格亀田製菓 佐藤勇社長(下)

ベトナムのコメは米菓に合わなかった(PIXTA)
ベトナムのコメは米菓に合わなかった(PIXTA)

佐藤勇社長(62)は1996年からベトナムの合弁企業に出向するが、売り上げ低迷に悩む。

三菱商事やベトナム国営製菓会社のハイハコ社などと合弁企業「ハイハカメダ」を設立し、米菓を生産しました。私は第一副社長として経営の指揮を執りましたが思うように米菓が売れません。というのも、現地のコメを使うと食感にムラが出て、米菓の品質が安定しなかったのです。地元の消費者の間で「おいしくない菓子」というイメージが定着してしまいました。

その後、コメの調達先を変更し品質を向上させたのですが、一度離れた顧客は容易に戻りません。売り上げ低迷に歯止めがかからない状況は一向に改善しませんでした。

業績低迷を受け、進出から3年で撤退を決断する。

ベトナム駐在中の佐藤勇氏

本社からは日本に戻る人事を打診されていて後任人事も決まっていました。しかし、ベトナム事業が立ちゆかなくなるのは明らかで、「後任に押しつけるのは申し訳ない」と思い、断腸の思いで撤退を決断しました。

撤退を考え始めてから決断するまで約2カ月間、ほとんど眠れませんでした。最もつらかったのは従業員への撤退の説明でした。約150人の従業員を前に説明した際、一人ひとりのその後の生活に思いが至り、途中で言葉が出なくなってしまいました。申し訳ない思いしかなく、何度も頭を下げて謝罪しました。

ベトナム撤退に伴う損失は1億円以上でした。責任を取るため、99年に帰国してすぐに首脳陣に進退伺を出しました。しかし、首脳の一人に「当社で失敗の経験者は君だけだから貴重だ。この経験を次に生かしてほしいので課長から部長に昇格させる。辞めることは認めない」と思いもかけない言葉をかけられ、会社に残ることになりました。

亀田製菓は2000年3月期に創業来初の最終赤字に転落。経営企画部部長として再建に奔走する。

赤字の原因は売上高1千億円を目指した人員体制でした。固定費が経営を圧迫していました。再建チームに組み込まれ再建策をまとめます。

ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら