突然の不買運動、打つ手なく翻弄
キリンビール社長 布施孝之氏
業務用酒販店の入社式にライバル会社の担当者と共に出席(左から2人目が本人)
キリンビールの布施孝之社長の「仕事人秘録」。第7回は不買運動に翻弄された、部長になりたてのころを振り返ります。
――キリンビールの不買運動に遭遇。人生最大のピンチを迎える
2000年になった頃だったと思います。突然、窮地に追い込まれる事件が起きました。東京支社の営業推進部の課長の時でした。
きっかけは私のすぐ上の部長が役職定年で会社を辞めたことに始まります。まだ57歳でしたので「第2の人生を」と再就職したのですが、その行き先が良くなかった。大手の酒販店だったのです。
もちろん部長に何の悪気もありません。ただ、その酒販店は当時、ものすごい勢いでチェーン店舗を拡大させている有名な酒販店でした。
この大手酒販店はこれまでの常識を180度変える斬新なビジネスモデルを打ち出していました。街の酒屋さんの得意先がこの大手酒販店にどんどん奪われていきました。
タイミングが悪いことに、この大手酒販店にキリンの酒屋担当の元部長が転職したのです。「キリンは俺たちの敵に肩入れするのか」と大問題になりました。キリン商品の不買運動にまで発展、居酒屋やレストランなどにもキリンではなくアサヒビールやサッポロビールなど他社のビールをメーンで取り扱うよう働きかける酒屋も出てきたのでした。
――再就職をした部長の後任になったのが布施氏だった。つらい毎日が続く
大手酒販店に転職した部長の後任はそのすぐ下にいた課長の私になりました。酒屋さんの憤りは私に集中します。電車のホームではできるだけ線路から離れるよう気をつけました。「後ろから誰かに突き飛ばされるのではないか」。本気でそう思いました。
どの店を訪ねても門前払いでした。「お前はあの酒販店のスパイか」と言われたり、お店の黒板に「キリン不買!」と大きな字で書かれたり。仕事になりませんでした。