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細野枝美 リオン第一開発部補聴相談室室長

細野枝美 リオン第一開発部補聴相談室室長

国産補聴器の製造・販売メーカーとして60年以上の歴史を持つリオン。12年にわたって顧客の声を聞き続け、商品開発にも深く携わる細野枝美補聴相談室室長は4児の母でもある。職場でも子育てでも問題解決に動き続けるエネルギーの源を聞いた。

――補聴器はつけた後の「調整」が命です

皆さんの身近に補聴器を使っている方はいますか? 高齢化社会になり「聞こえ」に不便を感じている方が増えています。年齢を重ねることによって聞こえにくくなる状態を「加齢性難聴」といいます。加齢性難聴では聞こえ具合がゆっくり変化していくため、ご本人に自覚がないことも多く、聞こえにくくなっていることに気づいた家族の方が一緒に相談にくるケースも少なくありません。米国では難聴者の約30%が補聴器を利用していますが、日本ではわずか13%と言われています。まだまだ一般に普及しているとは言いがたい状況です。

実は、補聴器は手にした瞬間から付き合いが始まるもので、手に入れて終わりではなく、実生活の中で使いながら調整を重ねていく商品です。何十年もかけて徐々に弱まっていった聞こえ具合を急激に補正してしまうと、違和感を感じることがあります。今まで聞こえていなかった雨音や鳥の声、通りを走るバスの音や他人の会話などが突然聞こえだすと「雑音が多い」と感じてしまう方もいらっしゃいます。だから、少しずつ耳になじむように調整していくことが大切なのです。

補聴器の調整には、音の知識、耳や脳のしくみ、心理学など幅広い専門知識が必要で、米国ではオージオロジスト(聴力測定師)という国家資格があるほど。とてもデリケートで難しい仕事です。日本には認定補聴器技能者という資格制度があり、私達もその資格を取得してお客様の対応にあたっています。

(注)日本では認定補聴器技能者でなくても補聴器販売が可能。必ずしも補聴器専門店に働く人全員が資格を取得しなければならないわけではない。

――どんな声がどんな状況で聞こえづらいのか、まずはじっくり話を聞く

リオンは国産メーカーとして「リオネット補聴器」の製造・販売をして60年以上。現在は全国に約380店の補聴器専門販売店を持っています。私は東京と大阪にある補聴相談室の室長として、6人のメンバーとともに日々お客様に向き合っています。

治療を受けて治る難聴もあるので、初めてのお客様の場合は耳鼻咽喉科への受診をおすすめしています。お客様には、どんな声が聞きづらいか、どんな状況で聞きづらいかなどを尋ねるとともに、どれぐらい小さな音まで聞こえているか、どの程度の言葉が聞き取れているかの測定を行います。その結果に合わせて、お客様と一緒に補聴器を選び、お試しいただきます。補聴器の相談は2時間に及ぶこともあるのですが、十分な説明をすることが重要だと思っています。

補聴器は決して安価なものではありません。だからこそ、有意義に使い続けていただくためにご購入後は1~2週間ごとに測定や再調整をします。1年に一度は測定やメンテナンスにも来ていただきます。お客様とは自然と長いお付き合いになります。

商品開発を経験して、意識に変化

――転機になったのは、「耳かけ型補聴器カバー」の製品化

私は大学で電子工学を学ぶなかで騒音測定への関心が高まり、騒音計などの計測機器を作っているリオンに就職。入社直後は計測器製造課で仕事をしていました。1年後に補聴器部門に異動になって補聴器の奥深さにはまり、以来、補聴器に携わって17年、相談室でお客様に接するようになって12年になります。

転機になったのは約10年前。耳にかけるタイプの補聴器をお使いの方たちの「夏場に補聴器が故障しやすい」「汗をかくと皮膚に補聴器が張り付いて不快」という声を聞き、補聴器カバーを作ってみようと思い立ったことでした。

ヒントになったのは、ろう学校の子どもたちが使っていたお母さんお手製の補聴器カバー。そのお手製の補聴器カバーでは「汗が引いた後にカバーが冷えて不快」という問題があることも調査していくうちにわかりました。そこで、洋裁の縫製をやっていた、私の実家の両親にも協力してもらい、汗を吸っても肌に触れたときに不快を感じにくい布で試作品を製作。それをまた試してもらってと改良を重ねていきました。製品化にあたっては、低コストで高品質を実現する難しさに直面。人づてに知り合いの業者さんを紹介してもらいながら、2年がかりで製品化にこぎつけ、豊富なカラーバリエーションをそろえて販売を迎えることができました。

現在は技術の進歩により、"耐汗コート"や"防水補聴器"など汗に強い製品が販売されるようになり、汗による故障は少なくなりましたが、補聴器汚れ防止や皮膚への汗による張り付き防止などに補聴器カバーをお使いいただいています。

――成果が伴うと仕事はぐっと楽しくなる

補聴器カバーを開発する以前は、個々のお客様にいかに満足していただけるかを考えて日々仕事をしていましたが、ひとつの商品を作ることで多くのお客様に満足していただけたことは、それまでの充実感とは異なる達成感でした。仕事人生の中で大きな経験になりました。あのとき、私の試行錯誤に協力してくださったお客様の存在はもちろんですが、上司が「やってみたらいいよ」と後押ししてくれたことが支えになり、踏ん張ることができたと思います。

上司の立場になった今、新しいことに挑戦する後輩たちを全力で応援したい、あの達成感を後輩たちにも味わってほしいと思っています。今でも当時を知るお客様に「あのとき、頑張ったものね」と声をかけられることがあり、励みになります。やはり仕事は成果が出てくると楽しくなるものです。

4人の子育てからもらう元気

――お客様、ものづくりの両方を理解してつなげる

私は工学系出身で製造部の経験もあり、ものづくりに抵抗がなかったので自分ですぐに手を動かせましたし、開発部門とも議論ができました。商品開発はお客様のことを知っているだけでも製造しかできなくてもだめで、その両方を理解して両者をつなげて考えることが大切だと感じています。耳かけ型補聴器に使用するイヤモールド(使用者の耳型に合わせて成形した耳せん)には 「透湿ベント」という加工ができるのですが、これも「音は漏らしたくないけれど、湿気は逃がしたい」というお客様の声を受け、防水補聴器の開発担当者とやり取りしながら開発したものです。

補聴器は、装用しているお客様といつでも一緒にあるもの。だからこそ、お客様が困っている問題は解決したいです。補聴器をつけなければならないことはうれしい状況ではありませんが、お客様に補聴器を使い続けてほしいと思っています。現在、補聴相談室は開発部の所属で、私の仕事も約半分は商品開発に携わる業務になっています。今後もお客様の声を商品に生かしていきたいですね。

――6人家族の週末は超ハードスケジュール

プライベートでは、中学2年、小学5年、小学1年、4歳という4児の母です。私は保育園父母会役員を、夫は学童の役員をしています。娘の陸上クラブの送迎・応援、息子のサッカークラブの当番、趣味である阿波踊りの練習など、週末は平日以上に忙しいです。でも、子どもたちが頑張っている姿を見ると、母も頑張らなくてはと思います。夫も家事をたくさん手伝ってくれますし、長女も弟たちの面倒をよく見てくれるので、本当に助かっています。

保育園の役員を務めているのには理由があります。公立保育園なのですが、3年後には売却され運営母体が変わることになってしまいました。それは保育士さんたちが総入れ替えになることを意味し、子どもたちの環境がガラリと変わるということ。父母たちの間にも不安が広がっています。

3年後には我が家の子どもはもう卒園してしまっているのですが、4人の子どもたちが通算10年以上お世話になった園が抱えている問題を放っておけないと思い、市の担当者と交渉するために役員になりました。安心して保育をお願いできる環境を維持して、これまで通り皆が笑顔で通園できるよう、働きかけていきたいと思っています。

子どもが中心の子育ての場では「○○ちゃんのお母さん」の私ですが、仕事の場では一個人として存在できます。働くことは自分が自分であるための証明のようなもの。これからも働き続けて、自分として輝けること、やれることを続けていきたいと思っています。

取材後記

取材の最後に1冊の漫画を見せてくれました。「『キッズ応援プロジェクト』という取り組みの一環で、小学生にもわかる『耳と補聴器のひみつ』という学習教材漫画を出版社さんと一緒に作りました。その出版プロジェクトのメンバーに入っていたので、私も実名で登場しているんですよ」と照れ笑い。細野さんは、週に1度、都立の小児総合医療センターの補聴器外来にも立っているそうです。「新生児聴覚スクリーニングの普及により、子どもの補聴器普及率が上がってきました」とのこと。補聴器が眼鏡のように普及するまでにはまだ時間がかかりそうですが、高い性能、豊富なバリエーションなど、ハード面は進化しています。あとは世の中の意識(ソフト面)次第。補聴器が市民権を得られれば、聞こえに不安を持つ子どもたちも高齢者もさらに暮らしやすい社会になりそうです。

・リオンのホームページはこちら

http://www.rion.co.jp/

細野枝美
 リオン第一開発部補聴相談室室長。1999年リオン入社。計測器製造課、オーダー補聴器製造課などを経て、2005年から医療機器事業部開発部補聴相談室。17年から同室長。4児の母。埼玉県生まれ。

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