山登りやキャンプが好きだったので、高校で山岳部に入りました。想像した以上に厳しかったですね。鍛えてくれた先輩に「山をやるなら、これくらいは読みなさい」と薦められたのが、新田次郎の『孤高の人』でした。
主人公の加藤文太郎は実在の人物で戦前、単独行で異彩を放った登山家ですが、パーティーを組んでの登山で遭難死しました。強烈な内容で、私には最も印象深い本です。自らを律するストイックな人となりは、山岳部の先輩やバンダイの創業者に重なるのです。
単独行で亡くなった植村直己さんも似ています。著書の『極北に駆ける』や『青春を山に賭けて』などは、加藤文太郎と比べるとほのぼのとした面白さがあります。ですが自然と向き合える山でしか自分が生きている実感を見つけられなかったのだと思います。
苦しいのに、なぜ山に登るのか。「そこに山があるから」という言葉には、山を征服するという響きがあって違和感を覚えます。日本人の感覚では、山と調和して、そこに自分らしさを見出すのではないでしょうか。
山登りに打ち込む人は、不器用で人との付き合いが少し苦手なような気がします。タイプは違いますが私も山をやる一人として、そんな生き方に共感するところがすごくあります。
経営者も孤独ではないですか。本で知る経営者は、孤独を極めて、どう生きるのかを考える人が多い。『孤高の人』は、山の頂に立つ厳しさを象徴しています。社長業も切り立つ頂に独り立つ感覚に近いのかなと思います。
犬が大好きで『白い犬とワルツを』は犬の雰囲気を上手に書いていると感心します。実は愛犬を先日亡くしてショックなんです。実家には犬がいましたが、初めて自分で飼った犬で、16歳でした。
子供は息子と娘がいます。息子は社会人になり結婚して独立しましたが、中学生のころは大変なやんちゃだったのです。対話が少なかったのを改めようと、息子と泊まりがけでドライブに出かけるなど旅行を何度かしました。
半ば強制ですが、旅行中は仲のよい親子でした。息子はあまり楽しくなかったでしょう。しかし私にとってはすごく幸せな思い出です。寝る前に『息子とカヌー』を読むと、そのときの情景がよみがえります。アマゾン川まで1万2000マイルに達するカヌーによる旅行記で、アウトドアの話や息子たちとの触れ合いが書いてあるんです。
子供はかけがえのない可愛い存在です。犬も家族同然です。私は保護してあげるという上からの目線で接してきましたが、いなくなると喪失感が甚だしい。実際に依存していたのは私の方だったわけです。今まで先輩、仕事仲間、家族、ペットなどの周囲に支えられて生きてきたのだと気づき、感謝しなければと思うようになりました。
今、私たちを取り巻く経営環境を支配するのは、主に米国的な資本主義の考え方ですが、心のありようも大切です。西洋の合理主義と東洋の精神性を融合させて経営するのが、よいのではないでしょうか。それを田口佳史さんの『清く美しい流れ』や『東洋からの経営発想』は教えてくれます。
田口さんの紹介で会った花王の元社長、常盤文克さんの『モノづくりのこころ』も読みました。モノづくりにも、日本人特有の修業のようなひたむきな姿勢が重要だと書かれています。
私たちがやっているキャラクターやアニメなどのコンテンツを提供するIP戦略でも、日本人のこまやかな感性に基づくニッチなものを幅広く世界に提案していきたいと思います。心に刺さるコンテンツは、受け手の感動がSNS(交流サイト)によって波紋のように広がり、ヒットします。
ナムコの創業者は「遊びは人間が豊かに暮らすのに欠かせない要素なのだから、自分の仕事に誇りを持ちなさい」と社員に語りました。今後も心に触れるIP戦略に取り組んでいきます。
(聞き手は森一夫)
《座右の書》 |
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『孤高の人』(上・下、新田次郎著、新潮文庫) |
《その他愛読書など》 |
(1)『犬橇使いの神様』『芙蓉の人』(文春文庫)、『聖職の碑』(講談社文庫)など新田次郎の小説。著者の自然観や実直な勤労観に共感する。 |
(2)『極北に駆ける』『青春を山に賭けて』(植村直己著、文春文庫) |
(3)『白い犬とワルツを』(テリー・ケイ著、兼武進訳、新潮文庫)。長年連れそった妻が亡くなり、自らも病におかされた老人の前に不思議な「白い犬」が現れる。 |
(4)『息子とカヌー』(上・中・下、ドン・スターケル著、吉川竣二訳、冬樹社) |
(5)『清く美しい流れ』(田口佳史著、PHP研究所)、『東洋からの経営発想』(同、悠雲舎) |
(6)『モノづくりのこころ』(常盤文克著、日経BP社) |
(7)『生き方』(稲盛和夫著、サンマーク出版) |
[日本経済新聞朝刊2017年5月6日付]
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