「気骨」ある傑物に感銘
SUBARU社長 吉永泰之氏
気骨のある人が好きですね。例えば、東芝社長や経団連、「臨調」会長を務めた土光敏夫。『経営の行動指針』はよく読みました。
最初に読んだのは若い頃です。土光さんの言葉はよく週刊誌に短い文章で連載されていて、すごいと思いました。それこそ毎週、全部書き写して暗唱できるくらい読んでいました。
「メザシの土光さん」といっても若い方はご存じかどうか。質素な暮らしぶりで有名でしたが、僕の印象はいかつい顔です。けれども、言葉の奥の彼は自由主義者でした。単に「上意下達だ」ではなくて、「会議では論争せよ。会議には(部下や上司を連れず)ひとりで出よ」と言っています。地位は関係ない。誰が本質的なことを言っているかが知りたくて会議をするのだ。誰かの正しい意見を採用したい。だから論争しよう。しゃべらないなら出てくるな。そういうことです。
よしなが・やすゆき 1954年東京生まれ。成蹊大経卒、富士重工業(現SUBARU)入社。国内営業本部長や常務、専務執行役員などを経て2011年から現職。
上意下達の文化がSUBARU(スバル)では長く染みついていました。大株主から社長、役員が来た時代があり、ご指示をメモする、という文化がありました。役員会は議論でなく指示の場。そんな風土を変えるのに、よく土光さんの言葉を使いました。
土光さんを読むうち、考え方の背骨になるものがもっとほしいと思いました。出合ったのが安岡正篤の本です。『王陽明』もそうですが、陽明学や、陽明学を勉強した経営者の本、文章も読みました。勉強した人の文章は言葉遣いでわかりますね。
安岡さんはご存じのように吉田茂、大平正芳ら往時の総理の指南役といわれた人。フィクサーと呼ばれたこともあります。「活眼活学」「人が環境をつくる」などの言葉が面白くて、とりこになりました。「陽明学だけで三日三晩は語れるぞ」と当時の私は思っていました。それくらい読んでいたんです。
実践的な考え方です。だからこそ私の心にすっと入ったのだと思います。哲学も嫌いじゃないですが、やはり実践ですね、私は。陽明学というのは柱が2つあって、ひとつは「知行合一(ちこうごういつ)」。知っていてやらないのは、知らなかったことより悪い。会社でもよくありますよね。「それ知ってました」とか。
もうひとつは事上磨錬(じじょうまれん)です。仕事の上で鍛え上げろ、という意味です。裏返せば、学問で鍛えても本物にはならない。実践、仕事でやれるかどうかが問われる、という考え方です。仕事で困難に遭遇したらありがたいと思え、これで強くなれると感じよ、ということなんです。
私の読書傾向を一本の線でつなぐとすれば、「生きざま」だと思います。土光さん、陽明学のほかだと、城山三郎でしょう。若い頃から全部読んでいます。特に気に入っているのは広田弘毅を描いた『落日燃ゆ』。五島昇や中山素平の物語もいいですが、私はあえて広田を選びたい。戦後の極東国際軍事裁判で、文官にもかかわらずA級戦犯として有罪を宣告されますが、抗弁もせずに絞首刑に甘んじた。責任がないとは一切言わなかったのです。
傑物が多かったですね、昔は。海外でもそうでしょうか。リチャード・ニクソンには、ウオーターゲート事件もあっていい印象を持っていませんでした。でも数年前に『指導者とは』を読んで見方が変わりました。文章がとてもうまい。米大統領経験者として感じてきたことを書いた本ですが、ウィンストン・チャーチルや吉田茂にも触れている。
私はチャーチルについての記述が好きです。ナチスドイツが猛攻をふるった時代に「ネバー、ネバー、ネバー、ネバーギブアップ」という大演説をした。国民の大半がもうだめだとあきらめかけたときです。不屈の闘争心が胸に染みました。ニクソンも私と同じようにチャーチルを見ていたのでしょう。やっぱりそうか、と思いました。仕事で英国に行ったとき、チャーチルの執務室や像を見に行きました。自分もがんばらなくちゃ、と思いましたね。
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