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孫子の「商法」

塾はなぜ母だけ面談に呼ぶ? 夫揺さぶる孫子戦略

2017/6/20

学習塾の三者面談で母親が呼ばれるのには、「理由」がある PIXTA

 わが国では少子化で子どもが減っています。すると当たり前ですが、「子ども向け」の売り上げも減ります。どうあがいてもそれは避けられません。全国あちこちの学校で売り上げが減っているようです。某大学の経営学部に勤務する友人によれば、最近、教授会で「経営の立て直し」が真剣に議論されているとのことです(経営学部なのに)。

 学習塾や自動車学校でも売り上げがかなり減っています。もちろん子どもが少なくなったせいですが、それとともに「親の懐具合」も関係していると思われます。大学へ行き、免許を取る子どもの親といえば、その多くは年齢40歳代後半から50歳代前半といったところ。この世代は「なかなか増えない給料」に苦しみ、「リストラの恐怖」におびえています。わが子を大学へは行かせてやりたいものの、その金を工面するので精いっぱいの親たち。

 親がそんな状況だとしたら、学習塾の経営も厳しいにちがいありません。最近の学習塾は買収やら教室閉鎖やら、景気の悪い話が目立ちます。しかし厳しいのはどこの業界でも同じ。今回はその厳しい環境を、孫子の兵法的に乗り切った学習塾を「体験的に」ご紹介しましょう。

 その学習塾では生徒の習熟度別に多くのメニューが用意されています。生徒は自分の成績に応じて、各科目別にあれやこれやと受講する講義を選びます。メニュー選択に当たっては塾のチューターと本人、そして「母親」が呼ばれて三者面談を行います。そこで決まった受講科目をもとに請求書が作成され、それは「父親」のもとに送られるのです。ここでのポイントは、受講科目を決める三者面談を行うのは母親であり、請求書は父親に送られるという点。

 なぜこれが重要なポイントなのか、皆さんはわかりますか?

 実際のところ、受講科目は本人とチューターの間でほぼ決まっているようです。三者面談は母親への確認程度なのだとか。「私が行く必要なかった」とぐちる母親。しかし三者面談に母親が参加している事実が、あとで重要な意味を持つのです。

■塾が夫に仕掛ける、「泣き寝入り」迫る心理戦

 選択科目の一覧と請求書を受け取ったお父さんは、その請求金額の大きさに目を丸くします。すぐにでも本人を呼びつけて、「これは本当に必要なのか?」と問いただしたい気分。しかし、それを決めた場に母親が同席していることが大きなポイントなのです。ここで異議申し立てをすると、夫婦関係に亀裂が入るおそれがあります。

 40歳代後半から50歳代前半の男性といえば、割と景気のよい時期に会社に入り、大いに働き、大いに飲んだ世代です。仕事仲間とゴルフ仲間は多いものの、その半面、家庭をないがしろにしてきた男性が少なくありません。そしてわが子の受験についても「ヨメに任せきり」の人があまりにも多いのです。

不毛な言い争いを避けるために、平和維持コストを受け入れるという選択肢も PIXTA

 ここで我が子の塾代金が高いからといってそれに異議を唱えると、それは妻の決定に反論する図式になってしまいます。もし仮に異議申し立てをして、妻から「いまさら何なのよ」と反論されたら修羅場になりかねません。お父さんは請求書を手にしばし考え込みます。その末に「しかたない、払うか」と意気消沈しながら大金の支払いを覚悟するのであります。

 「戦争論」で知られる軍事学者、カール・フォン・クラウゼビッツは、戦争の本質について「相互作用・両極性」であると説明しています。戦争ではお互いの打ち手がエスカレートし(相互作用)、片方の有利がもう片方の不利になる(両極性)。戦争にはこの2つの特徴があるのだそうです。

■夫婦の「平和」を保つのにも有用な「戦争論」

 これは決して戦争だけの話ではありません。夫婦関係においても気を抜くと「相互作用・両極性」が発生しかねません。「あなた、週末、家に居たことないでしょ」と怒る奥さんは自らも出掛けるようになり(相互作用)、夫婦で子どもの面倒を押しつけ合って口論する(両極性)。かくして夫婦は戦争状態に陥りうるわけです。

 三者面談の結果として決まった受講科目に異議申し立てすると、クラウゼビッツのいう戦争状態になりかねないという懸念。それを敏感に察知した父親は、黙って大金を払うことでこれを回避します。ここにおいて、お父さんにとっての大金支払いは、もはや塾代金ではありません。その数十万円の支払いは「平和維持費」といえる性質のものに変化しています。塾代だと思えばあまりに高いが、家庭内の紛争を未然に回避し、平和を維持するためのコストと思って我慢するしかない。

 孫子の兵法にいわく、「進みてふせぐべからずは、その虚を衝けばなり」(虚実篇)。「進撃するときは、敵の虚をつくこと。そうすれば敵は防ぎきれない」。敵に対して正面からぶつかってはいけない。相手が「そこを攻めてくるか」という「まさか!」のポイントを攻めることが大切。それによって、敵に勝つことができるという教えです。くだんの学習塾はこの孫子の一節を知っていたのかもしれません。

 「子どもの将来のため」という大義名分に加え、夫婦の緊張関係という「虚を衝く」ような三者面談によって、高い塾代を支払わせる作戦。このあまりに見事すぎる作戦は、ほかにも応用が利きそうです。たとえば………、やっぱり止めましょう。これ以上お父さんを苦しめるのはあまりに気の毒というものです。

 「平和を維持するには金が掛かるものだなあ」と、安い飲み屋で一人、ため息をつくお父さん。私はやっぱりそんなお父さんの味方でありたい。そういえば先日の6月18日は「父の日」でした。家族の平和を守るささやかなヒーローに幸あれ!

「孫子の『商法』」は火曜更新です。次回は2017年6月27日の予定です。

田中靖浩
 田中公認会計士事務所所長。1963年三重県出身。早稲田大学商学部卒。「笑いの取れる会計士」としてセミナー講師や執筆を行う一方、落語家・講談師とのコラボイベントも手がける。著書に「良い値決め 悪い値決め」「米軍式 人を動かすマネジメント」など

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