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引退記者会見では想定外の質問が浅田真央さんにぶつけられた

引退記者会見では想定外の質問が浅田真央さんにぶつけられた

「トリプルアクセルに声をかけるとしたら、どんな言葉をかけたいですか?」――。浅田真央選手の引退記者会見でNHKアナウンサーが発した質問に賛否両論が巻き起こったようだ。「賛」の立場の私から見ると、「否が優勢」というようにも見えた。

「珍質問に場内騒然!」「おふざけ質問にネット炎上」「トンでも質問に真央困惑」「不謹慎」「場違い」などの反応が相次いだ。「質問者はこれ!」とアップするサイトも現れた。

「トリプルアクセル」というスケートの技を「人扱い(擬人化)」した点や、「NHKだけどけっこうユニークな質問でしょ?」という空気をかぎ取り、抵抗感を覚えた人がけっこういらしたようだ。

「アホな質問するなWWW」「酷すぎてワロタ」という直言の一方で「千代の富士引退の際に、『上手投げに何と言ってやりたいですか?』なんて、引退会見で聞きました?」といったコミカルな「素朴な疑問」も混じっていたが。

「ここ一番」という場面でインタビューされる側も大変だが、する側も結構苦労する。一時期、こういう質問を繰り返し耳にした。

その年にヒットした曲や歌手を表彰する番組などでグランプリに輝いた歌手へのインタビュー。

司会者 「今の喜び、どなたに伝えたいですか?」

受賞者 「貧しさと病と戦いながら、お前の時代が必ずやってくると応援しながら亡くなった祖母です(ザックリ言えばこんな中身)」

「思わぬエピソード」の披露に受賞者はもちろん、場内もすすり泣き。昭和の時代にはよくあった。

次第にこのやり取りがパロディー化され、21世紀に入ると聞かなくなった。そこへ、今回の「~トリプルアクセルに声をかけるとしたら、どんな言葉をかけたいですか?」が装いも新たにカムバック。「わあ、懐かしい!」と私同様、オールド世代は感じたのではないか。

珍質問が呼び込んだ、真央選手の天才的な答え

しかも子細に聞けば質問の中身に「ひねり」が加わっていた。アナウンサーは質問の中身の一部を「進化」させていた。「誰に言葉をかけたいか?」という「人物」ではなく、「トリプルアクセル」という「技=無生物」への「声かけ」という「奇手」に打って出たのだ。「同じじゃないか?!」と言いたくなる気持ちはわかるが、そうともいえない。

真央さんは選手としての全盛期に愛するお母様を亡くしている。「誰に伝えたい?」と問われ、お母様のことが出てくれば「俺、泣いちゃうかもしれないなあ」と真央ファンの私が勝手におそれていたところへ「トリプルアクセルに言葉をかける」と聞き、私はホッとしたのだ。

さらに、アナウンサーの「奇手」が、真央選手の機知に富んだ天才的な答えを引き出した。

真央 「うーん、難しい(笑い)」

一瞬の戸惑いに続いた言葉が素晴らしかった。

真央 「『なんでもっと簡単に飛ばせてくれなかったの?』って感じです」

この会見を一緒に見た、スポーツ取材体験の多い友人がこんなふうに言った。

「彼女が絶不調の時期、一心同体で戦う佐藤信夫コーチが『彼女にとって恋人みたいなトリプルアクセルを封印させるのは難しい』と口にしていた。もはや真央ちゃんにとってトリプルアクセルは、自分の評価を高める技のひとつではなかった。コーチの言う恋人でもあり、励まし合い、ときには愚痴を受け止めてくれる唯一無二の親友以上の存在だったかもね」

想定外の質問を受けると、苦し紛れの答えを返してしまいがちだ PIXTA

想定外の質問を受けると、苦し紛れの答えを返してしまいがちだ PIXTA

気の利いた質問も使い古されるリスクがある

とはいえ、この「奇策」は一度限りにしたほうがいいとも感じた。「しゃれた言い回し」は何度も聞かされるとうんざりする。私はここで1970年代前半にタイムスリップしてしまった。「あなたにとって~とは何ですか?」という言い回しが一世を風靡した時代」に!

大学に入学したばかり。ボーッと東京・新宿の紀伊国屋書店前を歩いている私に、いきなり若い女性がマイクを突き出し尋ねてきた。

「あなたにとってベトナム戦争とは何ですか?」。見回せばテレビクルーらしきお仲間も見えた。

私は粉屋でのバイトを終えたばかりで体中真っ白。早くきれいな体になりたいと、それだけを願う「意識低い系」の代表選手だった。先方の希望に沿う答えは何ひとつ言えなかったはずだ。

当時隆盛を誇った「あなたにとって~とは何ですか?」は「~」に何でも入れられることもあり、実に重宝に使われた。「平和」「戦争」「幸せ」「国」「愛」「誇り」「生きる」など、抽象的な概念を中心にほぼすべてOKだ。しかも、質問を受ける側より質問した側が「頭がよさそうに見える」というメリットがあった!

「さすがに聞かなくなったなあ」と、抜かっていた80年代のある日。放送局のアナウンサーである私を地域の中学生がインタビューしてくれるという。こんな私が地元に貢献できるチャンスはめったにない。

「総合的学習」のような科目で「職場の人に話を聞く」という課題を出されたらしい。中学生は「なぜアナになったのですか?」から始まる20項目の質問リストを用意していて、次々に尋ねてきた。私は根が話し好きだから。1時間以上かけて丁寧に答え、「もう出しきった」と思ったところでもう1問来た。

中学生 「最後に、梶原さんにとってアナウンサーとは何ですか?」

梶原の内心 「こんなところで、これが来たか……」

この質問形式へのネガティブな思い出が私をひねくれオヤジにしてしまった。今も深く反省している。ゴメンね。私の答えはこんな感じだった。

梶原 「食いぶち、ですかねえ」

中学生 「え?(けげんな表情)」

梶原 「職業、ってことです」

中学生「ああ、そうですね、では」

「~に声をかけるとしたら、どんな言葉をかけたいですか?」という、真央ちゃんからとびっきりの答えを引き出した「ナイスなクエスチョン」が流行しすぎて、かつての「あなたにとって何ですか?」のようにずたずたにならないことを祈っている。

※「梶原しげるの『しゃべりテク』」は木曜更新です。次回は2017年6月15日の予定です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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