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「おはようございます」が何時まで使えるかに明確な決まりはない

「おはようございます」が何時まで使えるかに明確な決まりはない

我々の多くは「あいさつは大事だ」と、大人からいやというほどたたきこまれてきた。だが、使い慣れているあいさつ言葉であっても、用法がはっきりしないケースが意外にあるものだ。

先日、某大型書店のビジネスマナー本コーナーであいさつについて見比べてみた。思った通り、どの本もあいさつの大切さを強調していた。とりわけ「おはようございます」については一様に「コミュニケーションの基本」「その日が実りある一日になるかならないかを左右するほど重要な言葉」など、「そこまで言うか?」とばかりに重視している。私もその通りだと思う。

「姿勢を正し、相手の目を見て、敬意に満ちた表情で、口角を上げ、語尾をはっきりさせ、とびきりさわやかな発声で……」。このように指南される「おはようございます」の作法はビジネスマナー上、極めて重要だ。

そんなに大事な言葉なら、一日中使っていればいいじゃないかと言いたくもなるが、「朝以外の使用」については「放送界や一部飲食業界以外では口にしない」「まともな大人は朝を過ぎたら使ってはならない」なんて感じの戒めの言葉が添えられている。

さすがに抜かりはない。でも、疑問が残る。「朝を過ぎたらって、何時以降が目安になるのか」「『おはようございます』の時間帯以降は何をあいさつ言葉にしたらいいのか?」の2点だ。

「はしの上げ下ろし」まで教えてくれるマナー本なら抜かりなく教えてくれると思ったら、当てがはずれた。一般消費者に向けたシンプルな正解は、どの本にも見当たらなかった(書店で立ち読みした、ケチな私の見た限りですよ)。

答えは思わぬところにあった。放送文化研究所の「最近気になる放送用語」のQ&Aのコーナーに「『おはようございます』というあいさつは、放送では何時ごろまで使っても構わないものでしょうか?」という「問い」と、調査から導き出した「答」が載っていた。「放送」に限らず、一般市民の「おはようございます使用」の時間的な目安を示す指標としても、大いに役立ちそうなので、調査結果のほんの一部を記す。

1位 午前10時までOK 45%
2位 午前9時までOK 26%
3位 午前11時までOK 13%

テレビ番組に見る「おはようございます」の限界時刻

1位と2位の合計が71%に達しているところから推しはかったところ、午前10時を過ぎると、「おはようございます」への違和感を覚える人が過半数を占めると見ることができそうだ。「10時を過ぎたら『おはよう』の使用には慎重になるべし」と世間は見ていると判断できなくもない。

もちろん、夜更かしして朝の起床が遅い人、職業・年齢的に早寝早起きの人など、状況によって感覚はまちまちだろう。ただ、少なくとも午前10時を過ぎてからの「おはよう」を支持している人は3割に満たない少数派であり、10時を超えると、違和感を抱かれる確率は高くなる。

試しに先日、午前の「微妙な時間帯」のテレビの生番組をチェックしてみた。

9時40分スタートのフジテレビ系情報バラエティー番組「ノンストップ!」ではオープニングで「おはようございます」と言っていた。上記データで最多だった「午前10時まで」より早い時間帯だから、多くの視聴者には違和感が生じにくかっただろう。

続いて10時9分の「NHKニュース」を見てみると、ここでも冒頭でアナウンサーは「おはようございます」と言っていた。でも、朝7時、8時台の「張り切ったあいさつ」に比べるとごく軽く、さりげなく言っていたように聞こえた。

一方、情報バラエティー番組「PON!」(日本テレビ系)では10時23分のオープニングで複数の出演者が「どうもー」「始まっちゃいましたね」と発するのにまぎれこむかのように、もやっとした「おはようございます」が聞こえた。遅めの「おはよう」を強調したくないというメッセージが感じられ、「プロだなあ」と感心した(意図したかどうかは知らないが)。「意外と配慮するテレビ」を目の当たりにして、ビジネスパーソンのよりどころであるマナー本に「おはようございますの限界時刻」を明示してもらいたいというニーズはあるように思えた。

職場では時間に制約されない「お疲れ様です」が多用されている

職場では時間に制約されない「お疲れ様です」が多用されている

「こんにちは」「こんばんは」はどうして使いにくい?

立ち読みしてもう1点、マナー本に突っ込みたい問題が頭に浮かんだ。「おはようございます」だけでなく「こんにちは」「こんばんは」の「上手な活用法」を教えてほしいという点だ。

「おはよう」には「ございます」という「丁寧語」がくっついているから、場面や相手を選ばず使っても失礼になる心配があまりないというのが世間一般の受け止め方だ。ところが、「こんにちは」「こんばんは」は目上の人に向かってや、あらたまった場面でそのまま使うのは好ましくないと考える人が珍しくないようだ。「ビジネスマナーとしてのあいさつ」を語るとき、頭を悩ませがちな問題でもある。

ここを鋭く突いた好著が、作家・吉村達也さんの「その日本語が毒になる!(PHP研究所)だ。一部の要旨を紹介する。

朝、平社員がトイレで用を足しているところ、隣に専務が立つ。2人が並んで前を向きながら、平社員は緊張しながらも『おはようございます』と言う。これが朝なら可能だが、もし昼であれば、どうあいさつしたらよいのか? 単に「こんにちは」では軽すぎるし、「こんにちはでございます」では滑稽だ。

この事例からは「こんにちは」「こんばんは」の使い勝手の悪さがストレートに伝わってくる。使い勝手の悪さの理由を記した書籍はすぐに見つかる(森田良行著「日本語の慣用表現辞典」、堀井令以知編「決まり文句語源辞典」、国立国語研究所編「私たちと敬語など)。「こんにちは」「こんばんは」の下には元来、「よいお天気でございますね」や「一段と冷えて参りましたね」という日常のさりげない一言を添える「お約束」があったものがすたれ、前段だけが独立して残った形となったというのが一般的な解釈だ。

コンビニで耳にする「いらっしゃいませ、こんにちはー」「いらっしゃいませ、こんばんはー」は「こんにちは」「こんばんは」に不足する丁寧さ、謙虚さを「いらっしゃいませ」という「敬意表現」を抱き合わせにすることで補おうとする「苦肉の策」とも見える。「優れたアイデア」と感心する人と「違和感たっぷりだ」と否定的な人がいて、評価が分かれるが、私は現場の「涙ぐましい努力のたまもの」と評価したい。

朝が終わると、まともにあいさつできなくなる私たちは「こんにちは・こんばんは問題」に、そろそろ国を挙げて真正面から取り組むべきかもしれない。いや、どうでもいい?

※「梶原しげるの『しゃべりテク』」は木曜更新です。次回は2017年6月8日の予定です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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