塩にこだわれ! 正しく選べば、安い肉もおいしく変身
魅惑のソルトワールド(1)
料理や食材はもちろん、酒や調味料など、グルメの様々なジャンルに精通するエキスパートが、それぞれの専門分野を語る「食の達人コラム」。今回登場していただくのは、ソルトコーディネーターとして塩の啓蒙に努める、一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事の青山志穂さんです。
突然ですが、みなさんは、ご自宅に置いてある「塩」がどんな塩だったか、商品名や産地をすぐに思い出せますか?
これは、私が講演や料理教室をする際に必ず最初に投げかける質問です。
小首をかしげながら「あれ? なんの塩だったっけ? 赤いキャップのやつ?」となる無関心派と、自信満々に「沖縄旅行の時に買った〇〇とピンク色の岩塩を使っています!」と答えてくれるこだわり派の2つに分かれるのですが、大多数の方が前者です。
1997年に、塩の製造と販売を管理・制限する専売制度が終焉してから、ナトリウム純度の高い「食卓塩」や「精製塩」以外の塩が製造・輸入されるようになりました。その後の幾度かの塩ブームも経て、今や日本に流通する塩の種類は約4000種類にも上り、塩の専門店が各地にできたり、スーパーマーケットの棚に並ぶ塩の数が充実したり、大手食品メーカーから塩にこだわった食品やお菓子が発売されたりしています。
このように「塩にこだわるとなにかがいいらしい」ということは徐々に広まってはいるようですが、あって当たり前の身近なもの過ぎて、気にかけたことがない人のほうがまだまだ多いのが現状でもあります。
塩はおいしさの要
塩なんて別にこだわらなくてもいいじゃない、どれを使っても一緒でしょ、と思われるかもしれませんが、ところがどっこい、その考え方は大間違い。塩にこだわるだけで「いつもの料理がより簡単に、おいしく、おしゃれになる」という事実を知らない人のなんと多いことか。お酒と料理にマリアージュが存在するように、塩と食材にだってマリアージュが存在するのです。
なにせ塩は、基礎調味料「さしすせそ(砂糖・塩・酢・しょうゆ・味噌)」の中で最も歴史が古く、人間が狩猟生活をするようになってからずっと使われてきた、味付けの基礎中の基礎。また、甘味や酸味と違って「塩味」はほかに代替できるものがない唯一無二のものでもあります。
さらに、発酵や熟成にも深い関わりを持ち、しょうゆや味噌や数々の発酵食品は、塩がなくてはできあがりません。いまや世界共通語となった「うまみ(UMAMI)」も、適度な塩分があってこそ感じることができます。
そう、かつて中国の偉人が記した「塩は百肴の将、酒は百薬の長」とはよく言ったもので「塩は食べ物のおいしさを司るキーパーソン」なのです(パーソンじゃないですけど)。
塩は料理の味を変える
私がここまで塩にのめりこんだきっかけのもっとも大きなものに「塩を変えると料理の味わいが変わる」という体験があります。
たとえば牛肉。ステーキを焼いて、いくつかのタイプの異なる塩をつけかけしながら食べると、塩によって脂の甘さが引き立ったり、逆に引き締まったり、身の部分のジューシーさが増したり、逆にパサついたりするのです。「同じ食材を同じ方法で調理しているのに、かける塩でこんなにも味が違うのか! これは面白い!」となり、その日から我が家の食卓は「食材+いくつかの塩」で食べるのが当たり前になりました。
こんなに簡単においしく楽しめるということを、ぜひいろんな人に知ってほしいと思い、その日から仕事場ではもちろん、我が家の食卓でも「塩ラボ」と呼んでもいいような「食材×複数の塩」という比較試食がスタート。イカのてんぷらを前に10種類の塩が並ぶこともありました。そして、その結果をどんどんお客さまにお伝えしていきました。
そんなある日「バーベキューに持って行く塩を選んでほしい」というお客様のご要望にお応えして、タイプの違う数種類を提案したところ、数日後に再び来店されて、わざわざ私を探して声をかけてくださいました。「買ったお塩をバーベキューに持って行ったら、安い肉がおいしくなったし、かける塩で色々味が変わってすごく楽しかったし、盛り上がったよ!」と御礼を言いに来てくださったのです。それを聞いて「この楽しさを世界中に広めよう」と心に決めたのです。
胸を打つ熱い物語が満載
また、塩の面白さの一つに、生産者の熱い思いや歴史も見逃せません。
前述のとおり、日本では塩は専売制度の管理下にあり、1971年には、それまでの伝統的な方法での製塩は一切禁じられ、ナトリウム純度の高い塩のみ、政府が認可した7社だけが製造・販売してよいという時代がありました。それに対して、昔ながらの塩の復活を求める運動が全国各地で興り、政府機関との幾多の交渉を経て、製造・販売の自由化に至ったという歴史があります。
現在でもその当時に活躍した塩職人が製塩を続けており、彼らの「自然の塩を復活させるのだ」という使命感と塩づくりにかける情熱は、胸を打つものがあります。
たとえば、全国的に知られている「赤穂の天塩」。専売制度によってナトリウム純度の高い塩のみ製造が許可された当時「1200年の歴史を有する日本の塩と国民の健康の危機である」と考えた有識者や一般消費者、元製塩事業者が集まり、自然塩復興運動を展開します。
全国各地を飛び回り、一般消費者に対しての啓蒙活動を行ったりしながら、最終的には約5万人もの賛同と署名を得て、政府との交渉を重ねた結果、再製加工塩(政府が輸入した海外産天日塩を原料に、国内で加工して再生産される塩)の製造認可を得ることができました。
今、私たちがたくさんの塩を楽しむことができるのは、こういった先人たちの熱い想いと活動があってのことなのです。
また、自由化後に参入した比較的新しい生産者も、非常にバラエティー豊かで、やはり塩にかける熱い情熱があります。
それまでまったく畑違いの仕事をしていたのに塩作りの道に入った人、導かれるように気が付いたら塩を作っていたという人、とりあえず始めたらハマってしまった人など、さまざまです。一つひとつの塩にそれぞれの物語があり、その物語がまた、塩のおいしさをよりいっそう際立たせてくれるのです。
次回以降、塩にまつわる様々な知識や使い分け方、意外な使い方やそこに存在する魅力的な物語をご紹介していきます。
知っているようで知らない「塩」の世界に、足を一歩踏み入れてみてください。きっと、あなたの食卓がより豊かでおいしいものに変身するはずです。
(一般社団法人日本ソルトコーディネーター協会代表理事 青山志穂)
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