たまごふわふわ 江戸時代のセレブ料理、名は体を表す
「たまごふわふわ」。静岡県袋井市のご当地グルメとして知られる。一風変わった名前だが、実は江戸時代に誕生した歴史と伝統を誇る料理だ。
1626年に京都二条城で開かれた将軍家の饗応料理の一品にもなっていたと記録に残っており、1813年に大阪の豪商が書いた日記にも「東海道袋井宿の大田脇本陣で朝食の膳にのった」と書かれている。
当時、卵は贅沢品。将軍家の宴席や身分の高い旅行者のための宿泊施設だった本陣で提供されていたことからも分かるように、たまごふわふわは、選ばれし人だけが口にすることができた「セレブの料理」だったのだ。
さて、そのたまごふわふわ、いったいどんな味なのか? それを確かめに、江戸と京都を結ぶ東海道の、ちょうど中間点に当たる旧宿場町、袋井を訪ねた。
袋井宿は、本陣3軒、旅籠50軒が連なり、諸大名の参勤交代をはじめ、商人など多くの旅人でにぎわっていた。残念ながら、現在の袋井にその面影はない。東本陣公園や東海道どまん中茶屋など、再建された建物が、当時のにぎわいをうかがわせる。
実は、たまごふわふわも再現された味だ。途絶えていた調理法を、当時の資料をもとに、レシピにした。材料はだし汁と調味料、卵のみ。だしに決まりはなく、袋井でもお店によって味わいが違う。
だしには砂糖、薄口しょうゆなどを加えて味を調える。半分を土鍋に注ぎ、残り半分はみりんとともにボウルに入れ、そこに卵を割り入れる。ハンドミキサー、なければ泡立て器を使って泡立てる。
今でこそ、ハンドミキサーのスイッチを入れればわずかの時間で泡立てられるが、江戸時代は箸を使って泡立てていたはず。さぞかし大変な作業だったに違いない。
土鍋のだしはコンロで加熱する。煮立ったら、いったん火を止めてあら熱をとり、鍋の縁から泡立てた卵を一気に投入する。蓋をして、しばし蒸らせばできあがりだ。
さぁ、食べてみよう。
まずは郊外にある「遠州 和(やわらぎ)の湯」のたまごふわふわから。
イベントなどで何度か食べた経験はあったのだが、お店で食べるのは今回が初めて。まずはその「超ふわふわ」に驚かされた。
これまでも「ふわふわの食感がおいしい」と公言していたのだが、現地・袋井で食べてみて「実はあれ『たまごやわやわ』だったのか!」と思ってしまったほどの、抜群のふわふわ感だった。
れんげで泡をすくい、それを傾けてみる。泡がれんげに絡みつくようにしながらもゆっくりと土鍋に落ちていく。口に含んでみる。歯にも、舌にも当たるものは何もない。泡がすっと溶けていく。
泡をかき分けるとその下からはだしが効いた汁が顔をのぞかせる。土鍋の底まですくうと、汁にはふぐが入ってきた。何とも言えない味わい深さだ。
これまでずっと、たまごふわふわは「食べ物」だと思ってきた。しかし、これは紛れもなく「飲み物」だ。汁、スープだ。歯に当たるふぐは、スープの具である。
たまごふわふわでまちおこしに取り組む「袋井宿たまごふわふわほっと隊」に聞いたところ、イベントなど野外の調理では、衛生的な問題から店舗に比べてより熱を加えざるを得ないのだという。ただ、だしの味、加熱具合は店でも様々で、各店にそれぞれのおいしさがあるという。
そう言われたからには確かめたくなる。袋井駅そばの「山梨屋寿司店」を訪ねた。
一見して違いが分かった。泡がこんもり持ち上がっているのだ。
「遠州和の湯」では、汁の表面を覆っていたたまごの泡が「山梨屋寿司店」では、汁の上にふくらんで「浮いて」いた。スポンジケーキを何十倍もふわふわにしたようなイメージだ。歯に当たらずとも「噛む」感覚がうっすらとある。
だしの味も大きく違う。寿司にあわせるおすましの味わいだ。しかし、この食感はどちらかといえばケーキに近い。
そう思ってたまごふわふわのパンフレット見ると、すぐ近くの「ふるさと銘菓いとう」で「たまごふわふわ半熟チーズケーキ」が食べられるとある。
食後のデザートをかねて、同店へとはしごした。
店奥の喫茶スペースで紅茶とともにいただく。だしではなく、砂糖の甘さはまさに菓子そのもの。チーズケーキを覆うスポンジの食感はたしかに、たまごふわふわを連想させる。
さらに「マドレーヌ屋ラウンドテーブル」では「たまごふわふわパフ」もあった。やはりスポンジケーキを生かした食感だった。
お菓子作りに詳しい人ならおわかりだろう、スポンジケーキのふわふわのカギを握るのはメレンゲ。まさにたまごふわふわそのものなのだ。
スポンジケーキなど、現代ではふわふわの食感は決して珍しいものではないが、和食、しかも江戸時代にこの食感はさぞかし贅沢品だったことだろう。もちろんいまでも和風だしで味わうこのふわふわ感は、何ものにも代え難い「上質の食感」だ。
現代のセレブにもぜひ一度味わってみてほしい。
(渡辺智哉)
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