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ママ友同士のトークでは細かい気配りが欠かせない PIXTA

ママ友同士のトークでは細かい気配りが欠かせない PIXTA

フジテレビ系の情報番組「ノンストップ!」では3月の半ば、「やばい」という言葉で盛り上がっていた。「やばい」の本来と違う使われ方と最近の使われ方についての議論は「最近の若い連中は」と年配者が嘆くときの「枕詞」となって久しい。

言うまでもないが、「やばい」はもともと闇社会で「危ない」を表す隠語で、後ろ向きの意味を帯びた「マイナス言葉」の代表選手。堅気の人や、ましてや女性が使うなどもってのほかとされてきた。その「やばい」が「素晴らしい・おいしい」など、前向きな評価を示す「プラス言葉」として使われていることは文化庁の国語世論調査でも繰り返し報告されている(平成26年度調査では10代の9割以上、20代の8割弱、30代の半分以上がプラスの意味で使うと回答)。

メジャーリーガーのイチロー選手が第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)優勝の瞬間、歓喜の思いを「もう、やばいっすね」と表現し、違和感ではなく、強い共感を得たのは11年前の2006年のことだった(「みんなでニホンGO オフィシャルブック」祥伝社)。

「やばい」のプラス言葉化がほぼ定着した今、あえて「ノンストップ!」が取り上げたのは、「某中学校が生徒に『やばい禁止令』を出した」というネット記事が話題になった直後だったからだ。番組で議論は意外な展開を見せた。

出演者の1人がこんな趣旨のコメントを述べた。「『やばい』のように『マイナスにもプラスにも、どちらの意味でも使えるあいまい言葉』は、争いを避けるためにとても便利!」。その具体的な場面として「ママ友同士の井戸端会議」を挙げていた。

ぺちゃくちゃ適当に話しているように見えて、実は彼女たちはその場を円満に切り抜けるための気遣い・気配りの技を駆使しているらしい。もちろん、保育所の情報とか塾の評判などの「重要な中身」が語られることだってあるのだろうが、多くの場合、彼女たちにとってそれ以上に大事なのが「角を立てずに気持ちよく情を通い合わせる会話術」らしいのだ。

奥深いママ同士の会話術 あいまいに受け止めるかわし方

「差し障りのない会話スキルの必要性」はママ友だけのものではなさそうだ。居酒屋で「北朝鮮の脅威」だの「トランプ政権の是非」「我が国の進むべき道」などをめぐって甲論乙駁(こうろんおつばく)で盛り上がっているのは大抵が「中高年おやじ」。若い世代は「そのシャツ買ったんだ」「あ、コードレスイヤホン?」といった「差し障りのない話題」について「へえ、そうなんだ」「○に載ってたよねえ」など、ごく軽めなやり取りのあと、会話も途切れ、互いがスマートフォンをいじり始めるなんて光景が珍しくない気がする。

互いに立ち入らないで表面的なつながりを維持できればそれでよい。なまじ深入りして、友人やご近所ともめたくない。そう考えるママたちにとって「やばい」というマイナスにもプラスにも使える言葉が便利な例を以下に記す。

ママ友A「うちの旦那、日曜も出勤なの」

ママ友B「ええ? それじゃあ、ご主人も家族もかわいそうよねえ」

愚痴りたいのか、自慢したいのかの見極めは難しい PIXTA

愚痴りたいのか、自慢したいのかの見極めは難しい PIXTA

こんな風にわかりやすく同情するのはママ友の世界では「アウト」だ。なぜなら「日曜返上で仕事を任されるぐらい、うちの人は会社で人望が厚く、仕事のできる優秀な人なの」と自慢したかったかもしれないからだ。同情ではなく、「賛辞」が求められる場面だったとすれば上記の返し方は大失敗。ママ友関係に亀裂が入るおそれありだ。こういう「コミュニケーション事故」を起こさないために「やばい」が便利だというのだ。

ママ友A「うちの旦那、日曜も出勤なの」

ママ友B「やっばーい!」

※「かわいそう」と「すごい」という両方の解釈が可能な受けこたえ

「やっばーい」と言われた相手(ママ友A)は勝手に「プラスの意味(すごい)」だと解釈してくれるかもしれない。

ママ友A「ふふ、確かに頑張り屋さんで、それなりに成果出しているようなのよね、あんな顔して、へへへ(笑)」

逆に、夫の日曜の不在を嘆く気持ちに共感してもらいたい場合にも「やばい」でOKだ。

ママ友A「うちの旦那、日曜も出勤なの」

ママ友B「やっばーい!」

ママ友A「私はいいけど、子供がかわいそうで……」

ママ友B「そうなんだ……」

深入りを避けながら「薄い関係を円満につなげていく術」はママ友ネットワークに限らず、多くの日本人にとって役に立つスキルとも言える。

「踏み込みすぎる韓国、淡泊すぎる日本」の違い

「僕はそういう、相手の反応を気にしすぎる会話には違和感あるな」。こう言ったのは元韓国日報記者でミュージカルの翻訳などで活躍する、旧友、佐野良一さんだ。

佐野「韓国から見ると、日本人の人間関係は淡泊すぎ。向こうでは新しい土地への引っ越しのあいさつに行こうものなら、ご近所さんから立ち入られまくる。旦那の学歴、職歴、年収に至るまで、知りたいことは何でも尋ねてくる。聞かれた側も、親の友人に韓流スターの父親の知り合いがいるなんて、どうでもいいことまでぺらぺらしゃべる。これで一気に親しい関係を築き上げる」

梶原「韓国は濃いねえ!」

佐野「濃いよ。昨今の韓国のニュース見たってわかるでしょ? あいまいは大嫌い。白黒はっきりさせたい。韓国人はスパイに向いていないって話、聞いた?」

梶原「?」

佐野「半ば冗談交じりの例え話だけどね。大事な機密を扱うスパイになるって、いわば重要な役目を担うってこと。そんな『名誉なこと』は、周囲の人にしゃべりたくてうずうずするのが韓国の人。ね? スパイに向かないよね」

「やばい」が「マイナス」か「プラス」かを瞬時に判断したり、ときに「斟酌(しんしゃく)」「忖度(そんたく)」などの技も織り交ぜたり。常に空気を読んで配慮しつつ、希薄な対人関係の維持に汲々(きゅうきゅう)とする私たち日本人とは大違いだ。

佐野「でも、最近は来日する若者の中にも『そっと放っておいてくれない情熱の祖国』から『立ち入らない淡泊な日本』に来て、ホッとする連中も増えているらしい」

この先、「やばい」は「微妙な感情を表現する万能表現」としてさらなる成長を遂げるかもしれない。

※「梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は2017年5月25日の予定です。

梶原しげる
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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