牛肉をおいしく食べる豆知識 銘柄、等級、味付け…
三重県をドライブしていたとき、とある広場に大勢の人が集まっているのが見えた。野外で遊ぶにはちょうどいい季節。小さな子供づれから年配まで、実に楽しそうに集っている。ふむ、何かお祭りでもやっているのだろうと、私たちも立ち寄ってみることにした。
入り口にあるビジターセンターには、大きな牛の写真や地図、年表など、このあたりが松阪牛の生産区域であることを表す多くの資料が展示してある。特に目を引いたのが、子供たちの手による「ふくとし号」の紹介パネル。どうやらその「ふくとし号」は大変優秀な血統を持つ牛で、今回すばらしいタイトルを獲得したらしい。身長や体重、さらに「性格は人なつこい」「とてもかわいい目をしている」などの微笑ましい紹介文とともに、トロフィーが飾られていた。
では今日はふくとし号が賞をとったお祭りなのだろう、地域をあげて祝っているのだろうと、私たちも芝生広場へと足を進めた。芝生の上では大勢の人がビールを飲み、煙をあげている。
そう、「ふくとし号を」祝うのではなく、「ふくとし号で」お祝いをしていたのだ。みんなで「ふくとし号」をおいしくいただいていたのだ。
一瞬ひるんだものの、思いはすぐ覆された。
東京の芝浦でも食肉市場まつりはある。寿司屋にもマグロの解体ショーがある。海辺の朝市で大きな魚を締め、すぐ販売するのと何も変わらない。この辺ではそれが魚ではなく松阪牛である、というだけなのだ。
東京から三重県へ引っ越してすぐ気づいたのは、牛肉への接し方が関東とはまるで違うということだ。本から得た知識で「西は牛肉の肉じゃが」だと知ってはいたけれど、こうまで西高東低ならぬ「牛高豚低」だとは予想していなかった。
肉といえば牛肉のこと。とんかつや唐揚げなど特別な料理以外は、まず牛肉を使う。ポークカレーを作ると言って絶句されたのも、今となってはいい思い出だ。最初は頑なに豚じゃがを作っていた私も、徐々に牛肉に目を向け始めた。
そしていったん牛肉への堰が切れると、今度は牛肉のトリコになってしまった。好奇心が高じ、プロの情報交換会にも入れてもらい、せっせと知識を蓄えていったのだ。
地方によって部位の名称が違うこと、分類も違うこと。上手に掃除すれば取れる部位があること。カットの仕方で味も違えば、出せる値段も違うこと。安いカルビに混ぜるしかなかったような部分が、上手なやり方でバリューのある一皿になるなど、プロの商売人としての矜持と、素材を知り尽くしたかっこよさに毎日シビれていた。
日本人は世界屈指の魚食い民族であるが、なんの、牛肉だってとてもよく食べている。
すべての都道府県に銘柄牛が存在し、その数はなんと200種類以上。北海道だけでも40種類以上もいるほどだ。地方の店でご当地牛に出合う機会が増えたな、と思ったらそういうことだったのだ。
銘柄牛といっても、そのすべてが神戸ビーフや松阪牛のような霜降り高級肉というわけではない。A5ランクを目指す黒毛和種が多いのは事実だが、他にも褐毛和種、日本短角種、無角和種の和牛たち、ホルスタインやジャージーなどの乳用種、アンガスなど海外種、さらにそれらを交配させた交雑種が数多く含まれている。
実は牛肉は血統も大事だが、個体差が非常に大きい生き物だ。A5ランクを取るような交雑種もいれば、黒毛和種でもC1ランクにとどまる牛も多くいる。
アルファベットは肉の歩留まりを、数字は脂肪の多さを表しているだけで、味を示すものではない。それぞれのランクに、それぞれのおいしさがある。格付けはひとつの目安に過ぎない。
ところで牛肉としょうゆの相性は、最高だとは思わないか。しょうゆソースのステーキは最高だし、すき焼き、しゃぶしゃぶ、肉じゃがなどは「牛肉としょうゆのコラボ」なくしては成り立たない。そもそも牛肉が広まるきっかけとなった牛鍋はしょうゆ味だったし、明治30年ごろに流行った「折衷料理」は、肉を和風に調理しましょうというものだった。
さらに牛肉と米との相性も抜群だ。
しょうゆソースをかけたステーキをさらにご飯の上に乗せてほしい。この破壊力抜群の食べ物を無視できる日本人がいるだろうか。牛丼が個店で終わらず全国チェーンとなったのも、牛肉・しょうゆ・米の三位一体の喜びがあったからだろう。
そして牛肉にはまぎれもない、ごちそう感がある。昭和の時代にはステーキ、焼肉、すき焼きが出るとなれば、みんな歓声をあげたものだ。特にステーキは「ビフテキ」と呼ばれ、結婚式など特別なときしか食べられないものであり、逆に結婚式に呼ばれると「またステーキか」というイメージがあった。
名古屋の高級ホテルのバンケットでひたすら肉を焼いていた友達は「毎日、毎日、僕らは鉄板の~上でミディアム、やんなっちゃうよ」とボヤいていたものだ。
現在では、関東でも牛肉との距離がとても近くなった。焼肉の部位も関西と遜色ないし、牛肉の肉うどんを出す店があってもブーイングされることはない。熟成肉の店はますます増え、霜降りだけでない赤身肉のおいしさも知られてきた。牛かつ、ローストビーフ丼など新しい流行も生まれ、近所の店でブレザオラが気軽に買えたりもする。
あの日見た広場では、今でも「なんとか号」を食べるお祭りをしてるのだろうか。
次は私もぜひ参加したいものだ。
(食ライター じろまるいずみ)
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