なぜ一方通行、大阪の大通り 御堂筋・堺筋…

6車線ある大阪の大動脈・御堂筋。多数の車が一斉に南へと向かう光景は壮観だ。ほかにも堺筋、四つ橋筋、松屋町筋という大阪のキタとミナミを結ぶ幹線道路はそれぞれ一方通行となっている。全国でも珍しい一方通行はなぜ定着したのか。そして導入から40年が過ぎた今、“使い勝手”はどうなのかを探った。
南行き一方通行の御堂筋(大阪市中央区)

4つの幹線道路はなぜ一方通行になったのか? 道路の走行方向を規制する大阪府警に聞いた。きっかけは、6400万人の入場者を集めた1970年の大阪万博。「都心部での交通渋滞の緩和と事故防止の抜本的対策として一方通行規制を実施した」(交通部交通規制課)という。

37年完成の御堂筋もそれまでは双方向通行だったが、70年1月から一方通行に。半年後の調査で、車の流れが止まってしまう交通停滞回数は約4分の1に、事故は約3分の2に減ったというから、効果は大きかったようだ。

一方通行という発想は「ニューヨークの中心部マンハッタンの道路規制をお手本にしたのではないか」と御堂筋を維持管理する近畿地方整備局大阪国道事務所副所長の山口勇氏はみる。大阪の道は豊臣秀吉の時代に碁盤の目状に整備され、明治時代以降に道路幅の拡張が進んだ。碁盤の目がマンハッタンの道に結び付いたのはうなずける。