論理的思考や議論の力養う
日本サッカー協会会長 田嶋幸三氏
サッカー一色の中学生だった私に父が勧めたのが『竜馬がゆく』で、面白くて一気に読了しました。大学生になって再読し、命懸けで新しい世を築こうとする坂本竜馬らのパワーに改めて感動しました。古河電工での選手生活に見切りをつけ、1983年にドイツのケルン・スポーツ大学に留学したのも、この本に感化された部分が大きかったです。
たしま・こうぞう 1957年生まれ。筑波大卒。古河電工や日本代表でプレー。日本サッカー協会技術委員長などを経て2016年から現職。国際サッカー連盟理事。
83年の25歳から、28歳までドイツで暮らしましたが、当時はインターネットもなく、日本語への飢餓感は募るばかり。遠藤周作さんの『沈黙』とか、日本語の本や雑誌を友人から手当たり次第入手しては、なめるように読みふけりました。
そんな中で感銘を受けた本の一つが英文学者、池田潔さんの『自由と規律』です。私は88年から立教大や筑波大で教壇に立ち、サッカー部の指導も始めましたが、自由と、規律を尊び責任を果たすことは表裏一体だと学生に説いたものです。スポーツマンシップの素晴らしい逸話もあり、指導者としての背骨をつくってくれた本と感謝しています。真のエリート教育を目指し、我々が2006年に福島県で開校した中高一貫、全寮制の「JFAアカデミー」も、この本から受けた影響があります。
数あるサッカー本では『イングランド・サッカー教程』を傍らに置いています。1973年発刊なのに今読んでも色あせていないのがすごい。システムや練習法は日進月歩でも、いつの世も変わらぬ基本の技術や戦術がサッカーにはある。この本はそんな普遍の宝庫という感じです。
興味深いのは、日本で成果を挙げる外国人指導者にはそんな基本をしっかり押さえ、植えつける共通点があること。「日本サッカーの恩人」である故デットマール・クラマーさん、日本代表を率いたハンス・オフトさんやフィリップ・トルシエさんもそう。基本へのこだわりを「古い」の一言で退けるようになると衰退が始まると肝に銘じています。
93年にJリーグが10クラブで発足した時、8人いた日本人監督は、95年には14クラブに増えたのに4人に減りました。当時の川淵三郎Jリーグチェアマンに「指導者養成を見直せ」といわれ、日本人監督に問題点を聞いて回りました。浮かんだのが大物外国人選手に強く出られない弱さでした。日本リーグ時代の監督と選手の関係は職場の上司と部下であり、外国人選手のように面と向かって「この練習の意味は?」などと聞いてくることはなかったのです。
論理的に考えを整理し自分のやり方を自信を持って説明する力はどうすれば養えるのか。参考になったのが北岡俊明さんらのディベートに関する本でした。コーチの資質向上のため、96年にJリーグと共同で筑波大に寄付講座を開いた際にはディベートの講義も設けました。日本人監督の選手を説得する力は今ではかなりのレベルになったと思います。
2011年ごろからアジアや国際サッカー連盟(FIFA)での仕事が増えました。国際会議や理事選挙では各国の利害、思惑が激しくぶつかり合います。いろんな国が自分たちの正当性を主張する中、どう議論を着地させていくか。物事を柔軟に見る努力と同時に、ぶれない軸というか、立ち返る基準を持つ大切さを日々痛感しています。サンデルさんの『これからの「正義」の話をしよう』はそういう自分の問題意識と重なる部分が多かったですね。
選手育成、指導者養成、協会を代表する仕事……。振り返ると、年齢もポジションも時代も異なる時にタイミング良く必要な本に出合えた気がします。もつれてこんがらがった頭の中の糸が本を読んでほぐれ、一本一本より分けられていく。そのそれぞれの糸の先に答えがあり、助けられて今の自分があるというか。
いい本との出合いは本屋さんに入り浸ることで可能になる。時間があると書店や図書館に足を運び、手にとって吟味します。買って机の上に積まれたままの本もたくさんあります。中でも読みかけては難しく感じ、いつも挫折するのがサン=テグジュペリの『星の王子さま』。一生の最後に読む本になるのかもしれないと思ったりしています。
「リーダーの本棚」は原則隔週土曜日に掲載します。