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Ushico / PIXTA

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かつて「情報交換」という名目で仕事を通じて知り合った連中としばしば飲み会を開いていた。先日、彼らと久しぶりに会おうということになった。呼びかけ人は「仕切り屋」と定評のあったA氏だ。

当時、40歳代後半のやり手営業マンだった彼は「行きつけの店」を何軒も持っているのが自慢だった。北千住の庶民的な縄のれんから銀座の小粋な割烹まで。「へえ、こんな場所にこんな店があったんだ?!」と我々を驚かせた。「知る人ぞ知る」という「名店リスト」は彼の大きな「売り」でもあった。

彼に限らず営業マンは、上司・先輩・取引先に連れて行かれた店の中から「お気に入り」を見つけ出し、自ら通って「なじみになる」というのが「仕事の一つ」といわれた時代だ。「開拓した行きつけの店」で客をもてなすことが商売をスムーズにする上で大きなアドバンテージだった時代の話だ。

転職につながった「フグのもてなし」

この技をフルに活用した人物を思い出した。私が後先考えずラジオ局を退社したころ、真っ先に声をかけてくれた番組制作会社の社長、Nさんだ。

その人と最初にお目にかかったのはある冬の赤坂。彼の第一声が忘れられない。

Nさん「梶原さんは、どんなフグがお好きですか?」

梶原「どんなフグ?!」

声にこそ出さなかったが、戸惑った。そもそも私は「フグ」なんて高級食材は滅多に口にしない。

Nさん「七輪で焼いて食べさせる店でよろしければ、その先にありますが?」

梶原「ほー、いいですねえ!」

「フグ刺しやから揚げもうまいですが、炙(あぶ)りもいいですよねえ」なんて、気の利いたことを言えるレベルではなかったのだ。

足で探した「自分だけの名店リスト」

目立たない路地裏で、ご主人と奥さんの2人だけでやっているこぢんまりしたその店は実に居心地がよく、話がとんとん拍子に進み、私はNさんの会社にお世話になることを決めた。「とびっきりのフグの味覚に釣られ」というわけではなく、Nさんの「お店の人たちとのやり取り」を見て、Nさんの「穏やかであたたかい人柄」を理解できたことが大きかった気がする。

私とは対照的に「人づきあいの名人」だったNさんは急病に倒れる直前まで、「東京いい店 うまい店」(文芸春秋刊)でさえ伝えない「知られざる名店」を見つけてきては、私やスタッフたちを連れて行ってくれたものだ。自分で「コツコツ集め、手帳に記した名店リスト」はNさんの宝物でもあった。

xiangtao / PIXTA

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招かれた側は飲食店評価をサイトで下調べしてくる

さて、話を「元やり手営業マン」に戻そう。かつては「自分だけの店」の地図を手書きし、ファクスで送ってきた彼が今回は「食べログ画面」をはり付けてスマートフォンで送ってきた。

梶原「え? 今回は、食べログに載っちゃってる、そんな、当たり前な店?!」

A氏「相変わらず古いねえ。『私だけが知っている』なんて店は、ほぼほぼ今はない。うちの近所の、5人で満席みたいなカレー屋でさえ、ある口コミサイトで『ナンに難あり』ってコメントされる時代。『私だけしか知らない店』は絶滅危惧種さ」

「元敏腕営業マン」は意外と変わり身の早いオヤジだった。

「食べログコピペ」は確かに便利。地図。店内外の写真。値段付きメニュー。平均単価。どれも詳しく載っている。そして「口コミ情報」。「北陸直送のブリがおすすめ!」「おかみさんの笑顔に癒やされる!」といった好意的なものもあれば、「トイレが男女共用で待たされ、おまけに、すこし臭う」「肉の厚みが一般店に比べると3分の2程度と貧弱」と厳しめのコメントもある。

そこまでチェックしなくとも「評価のポイント」をチラッと見れば「店の地位」が瞬時にわかる仕組みだ。「5点満点の3.6」という具合に。

「仲間内」での飲食ならこんな事前情報も「悪くはない」。だが、「接待」とか「恋人との会食」だったらどうなのだろう?

「元飲食店通」にあらためて尋ねてみた。

A氏「接待された店の、単価や評価点が低いと『扱いが低い』とむかつかれる危険はある。だからといってサイト添付なしで客先に通知しても、店名さえわかれば相手は確実にサイトをチェックするから一緒だよね」

そういうものだろうか? 某ラジオ局で働く20歳代独身女性に聞いてみた。

梶原「たとえば、男性から、レストランで食事に誘われたとすると、そのサイトで店のことを検索する?」

彼女「もちろんです。店の評価は、すなわち私への評価でもあるからです。5点満点で4点以下だと、そういう風に見られているんだって、やっぱり思っちゃいますね」

彼女は特別に高慢ちきで性格が悪いというわけではない。正直なだけだ。

彼女「私の友だちが彼からティファニーのハートのペンダントをもらったんです。すごくうれしくて、ネットで検索したら、それが一番安い3万円で、10万円のものからするとずっと見劣りがしてガッカリだ、みたいなこと言ってました」

梶原「とんでもない女だね」

彼女「あら、そうですか?」

口コミサイトの評判は消費者を動かす

ほぼ同じころ、70歳になろうという姉から電話があった。札幌3日間の「パックツアー」に申し込むのだという。

「ホテルを4つの中から選べるんだけどどれがいい? しげるはしょっちゅう行ってるんでしょう?」

しょっちゅうではないが、こう答えた。

梶原「その中だとZとPは泊まったことがある。どっちも悪くないよ」

「でもネットではOのポイントが一番高くて、そこにしようかと思うんだけど、口コミで『建物が古い』って書いてあって気になるの」

高齢者をも巻き込む口コミサイト、恐るべし。

※「梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は2017年4月13日の予定です。

梶原しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。著書に『すべらない敬語』など。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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