ひそかに潜入したボスが驚いた現場の「人間力」

シータ / PIXTA
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「『覆面リサーチ ボス潜入』、おもしろいよね!」と言って、「ああ、NHK―BSプレミアムで夜に放送しているテレビ番組だよね」と即答されたことがない。「ビジネスパーソン向けのドッキリテレビ」を毎週録画して楽しむ私としては「意外」だが、だからこそその「おもしろさ」を広める意義もあるかもしれないと思い紹介してみる。

つくりは極めてシンプルだ。それゆえ英国発のこの番組がそれ以外の多くの国で「各国バージョン」として支持されているのだろう。「クイズ$ミリオネア」がそうであったように単純な番組構成は「国際規格化」しやすいのだろう。

ストーリー展開も時代劇「水戸黄門」ほどにわかりやすい。番組の意図は織田裕二(映画「踊る大捜査線」の青島俊作)の名せりふに通じている気がする。「事件は会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きているんだ!」――。

誰もが知る有名・大手企業の社長や役員が普段身につける高級スーツを脱ぎ捨てて変装。素性を隠し、本社を離れ、「現場(事業所・店舗など)」に潜入する。役員室に報告される「データ・数字」では読み切れない「現場の声」を求めて「自分の正体を知らない現場の人たち」とともに汗を流し「会社の抱える真の課題と解決への希望を探る旅」の始まりだ。

本稿では大手石油・エネルギー会社の「ボス」のケースを見てみよう。この回の「潜入シーンの撮影」は「故郷に帰り友人のガソリンスタンドを手伝うために修業する中年男性に密着」するという「架空の番組にご協力いただくというお約束」を「現場の上の一部」と結んで実現したという。テレビに映る「現場の人」はもちろんそんな「裏事情」は一切知らされていない。

本社からは決して見えない、客との深い絆

潜入当日。社長は「特徴のある福耳」を隠すため、長髪のカツラを着用。メガネもはずしコンタクトに。念入りにメーク。ガソリンスタンドの制服を着て現場に到着した。

都内のその店では、いきなり「鬼教官のような37歳の店長」から「声が小さい!」とはっぱをかけられたうえ、「長髪は清潔感に欠ける!」と注意され、社長はおろおろ。

とはいえ店長自慢の「手洗い洗車」の技にボスは感動した。

店長「洗車はパフォーマンス。きれいに洗っているところを見ていただき、自分もああいうふうに洗ってほしいと思われるよう、洗剤の泡もまんべんなく振りかける。布で拭くときは、道行く人が見やすいよう、体を思い切り開いて作業。大事な車はもちろん素手で」

ボス「そんなことまで考えてるんだ……」

この「教え」のおかげでこの店の洗車率は他の店の10倍だという。

潜入2件目は閉鎖相次ぐ北関東にあって客数を増やしているスタンド。本部へのデータを見ただけでは「理由」がわからない。

ボスはスタンドに着くなり、「じゃ、車に乗って!」と58歳のベテラン店長に促され、ある集落に到着。店長はどんどん庭の奥へ。おばあちゃんの笑い声が聞こえた。「じゃあ、入れとくね」。店長は母親にするように声をかける。農機具や車のガソリンを「出前」しているようだ!

店長「注文がなくても、このあたりの家の車のガソリンがどういう状況か、灯油タンクの空き具合がどうかわかる。タンクを空だきすると命にかかわるからいつでもお客さんの状況を察知しておかないとね」

「店長さんに任せておけば安心。体調管理もさ」とまで言うおばあちゃんにビックリするボス。

ボス「信頼されてますね」

店長「我々は地域を守る義務があると思うんです。5年前まで働いていた店が閉鎖になって、近所の方々を路頭に迷わせた。今の店も売り上げを上げないと閉鎖だと本部は言ってるらしい。それは避けたい」

「口べた店長」は懸命に出前営業に精を出していた。

PHOTO NAOKI / PIXTA

現場で手袋を使えない理由

潜入4件目は南三陸で43歳の女性店長が切り盛りする店だった。セルフだというのに会話が多い。客と店長が朗らかに名前を呼び合っている。

店長「名前で呼び合ったほうがボンネットも開けてもらえやすい。何かのタイミングで聞いた名前は絶対覚えますね」

ボス「あの時(東日本大震災)は?」

店長「前のスタンドは流されて、被災からまもなくここで再開したんです。流された人もいた。その後、足こぎポンプで1日8時間給油した。長い列ができて、ずっと待たせ、結局順番が来ないままガソリンを買えない人が出た。でも、誰一人、どなったりしなかった…」

店長の目に涙が。それを拭う手の指はばんそうこうだらけだ。

店長「今でもこの辺、復興の工事で土砂をかぶった車が多い。放っておくとスタンドの中に引いた白線が汚れるの。こういう場所だからこそ、せめて白線だけでもきれいに拭いておくと、お客さんの気持ちも晴れると思って、いつもこの手で拭いてます。では一緒にお願いしまーす!」

ボスはすぐ接客するためには手袋は使えないと、そのとき知った。

全ての潜入調査が終了。遂に「真実が明かされる日」がやってきた。

ボスと働いた4人があの「(架空番組の)エンディングを収録するために東京に来てほしい」とだけ言われ行ったのが、生まれて初めて目にする本社ビルだった。

対面のときが来た。一人ずつ部屋に招かれると、仕立てのよいスーツ姿の人がいた。

ボス「私、あのとき○と名乗っていましたが、本当は△と申します。この会社の社長をしています」

4者ともほぼ同じように驚いた。「え? えー??」

ボスは「だましたこと」を謝罪。丁寧に調査の意図を一人一人に語った。そしてねぎらい、感謝し各店長からさりげなく聞いた「要望」へ一つ一つこたえていった。

鬼教官には「1000万円規模の待合室の改善予算」をすでに計上したそうだ。北関東の「出前営業」の58歳には法人営業部が新規顧客開拓を決定したと通知。千葉の25歳店長には彼が熱望した役割の明確化とマネジメント研修を約束。南三陸の女性店長の願いだった地域住民への感謝祭実施費用の目録も渡された。

「水戸黄門的」だとか「階級社会のイギリスっぽい」「上から目線だ」と様々な声もありそうだが、「まるで耳を貸さない上の人」に比べればずっとマシだと、登場した「ボスのお人柄」も含め、私は納得してしまった。

ついに米大統領まで輩出したリアリティーショーの力

原案になった「アンダーカバー・ボス 社長潜入調査」のほかにも、世界にはたくさんのビジネス版リアリティーショーがある。とりわけ有名なのは、ドナルド・トランプ米大統領が2004年からホスト(司会進行)役で出演した経営者育成番組「アプレンティス」だろう。脱落者に「君はクビだ!」とトランプ氏が厳しく言い渡す場面で知られるこの番組は、度重なる経営危機で評価の陰っていたトランプ氏を再び「スター経営者」の座に返り咲かせた。

トランプ氏の率いる企業で幹部に迎えられるというゴールを目指して挑戦者たちは毎回、ホストから与えられる課題のクリアーに挑む。毎回、脱落者がふるい落とされ、栄光は勝者が総取り。リアリティーショーならではの分かりやすい構成は「ビジネス」や「成功」に関心の強い米国視聴者の心をつかんだ。

この番組のおかげで全国的な知名度を格段に上げたトランプ氏は、ついには大統領の座まで射止め、リアリティーショー司会者出身では史上初の米国大統領となった。「アプレンティス」は結果的に米国の最高権力者を輩出したわけで、リアリティーショーの影響力を軽く見てはいけない。もっとも、就任後のトランプ氏の振る舞いも芝居がかっていて、まるで今なおショーのホストを演じ続けているかのようだ。覆面リサーチして暴くまでもなく意外性に満ちている今のホワイトハウスは「ショー」ではなく、「リアル」だという点だけは笑えないが。

※「梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は2017年4月6日の予定です。

梶原しげる(かじわら・しげる)
 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。著書に『すべらない敬語』など。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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