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IYO / PIXTA

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私たちは「保険」が大好きです。しかし「株式投資」にはあまり興味がありません。高額な保険料を毎月支払いすぎて、株を買う余裕がなくなってしまうのでしょうか。それにしても保険好きな私たち。この保険好きの背景には、「損失回避」の心理があります。株でもうけて海外旅行に行くことにあまり興味はないが、「もしも」のことを思うと不安でたまらない。「もうける喜びより、もしものときの不安のほうが大きい」。だから不安を避けるべく行動するのが損失回避行動なのです。

ビジネスに心理学を持ち込んだ行動経済学の父、ダニエル・カーネマンによれば、喜びより不安が大きい「損失回避倍率」はおおむね1.5~2.5倍だとか。まあそんなものかなとは思いつつ、しかし日本人についてはもっとこの倍率が大きいのではないかと思うのです。

日本人の場合、お金についての不安もさることながら、「人におくれをとる」ことに強い不安と恐怖を感じる人が多いようです。たとえば会社の同期のなかで「一番に出世したい」ギラギラした人は少ないけれど、みんな「ビリにだけはなりたくない」と思っているのではないでしょうか。ムラ社会の時代から延々と続く同調圧力によって、「みんなと同じ」で安心する日本人。

読者の皆さん、想像してみてください。パーティー招待状に書かれていたドレスコードを読み落とし、自分だけ「普段着」だったときのことを。会場のなかで自分ひとりが普段着の状態、これは結構キツいと思うのです。「ひとりぼっち」を恐れる私たちは、仕事でもプライベートでも、無意識のうちに「人と同じでありたい」と願っています。

この「おくれをとりたくない」という日本人気質は本当に根深いです。ちなみに意地悪な私は、飲み会のスケジュール調整を「奇襲の一言」によって早めに終わらせます。みんなで都合の良い日程を出し合っているとき、最後まで出さない人にどうやって催促すべきか? ここで「早くスケジュール出してください」と言ってもあまり効果がありません。それよりもこう言ったほうがいいです。

「スケジュール出してないの、君だけだよ」

「おくれをとりたくない」という気持ちを操る

すると言われた本人は「うわ、ヤバい」と焦り、数分以内に返事をしてきます。経験上、ほぼ間違いありません。急に「麻雀したいなあ」と思ったときは、思い当たる面子(メンツ)候補に対して「麻雀やらない?」とは連絡せず、「3人そろってあと1人なんだよ、みんな待ってるから早く来てよ」と声を掛けます。もちろん3人全員に。すると開催できる確率が非常に高まるのですよ。

わが国に仏教が伝わったのは6世紀半ばのことです。このとき当時の欽明天皇に仏教を取り入れるべく説得した蘇我稲目は、どんな言葉を使ったでしょう? 彼は仏教の素晴らしさや人々への役立ちを説くより、はるかに効果的な言葉で天皇に訴えました。それは次のような言葉。

「西の国は皆、礼拝しているようですよ」

なんということでしょう、今とぜんぜん一緒じゃないですか。1500年前も今も変わらぬ日本人気質。おそらく「おくれをとりたくない」損失回避倍率は、カーネマンのいう1.5~2.5倍どころか、3~4倍あると思われます。だとすれば話は簡単。日本の職場で働く皆様、自ら考えた企画の承認が欲しいときはこれを利用しましょう。決して企画の優位性や独自性を長々と語ってはいけません。上司に対してこう言ってください。

「他の会社も皆、これで成功しているみたいですよ」

悲しいかな、これほど「おくれをとりたくない」日本人が、何ごとにおいても「ランキング好き」なのは仕方ないことかもしれません。みんなが買っているのに「自分だけ買っていない」のはなんとなく不安。それゆえ商売において商品・サービスの内容を詳しく語られるより、「当店売れ行きNo.1」のほうが効果的なのです。この国で商売する限り、「ほかのみんなも買ってますよ」に勝る売り文句はありません。

xiangtao / PIXTA

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「みんなと違う」をセルフプロデュース

「おくれをとりたくない」という損失回避心理を刺激すれば、身近な仕事がはかどります。それは間違いありません。しかし、これは一方で大きな問題をはらんでいます。「おくれをとりたくない=みんなと一緒でありたい」心理からは「新しいアイデア」が生まれにくく、「自分らしい生き方」がしにくいのです。これは日本と私たちの未来を左右しかねない、由々しき大問題です。

「おくれをとりたくない」気質は、独自ブランドやイノベーションの邪魔になります。前例踏襲の模倣ばかりでは「どこかで見たことがある」製品しか生み出せず、結局最後は「価格を下げる」ことしか方法がありません。かくして「おくれをとりたくない」気質は、日本中に価格破壊を招いています。

商売を成功させるため、そして自分らしく生きるためには、「みんなと違う」ことに慣れないといけません。とんがって楽しくやるためには、同調圧力・同僚圧力に屈することなく「みんなと違う」状態を楽しみましょう。

男性であれば、一度職場に「ど派手なネクタイ」で行ってみる奇襲をおすすめします。女性であれば「いつもより派手な服」でも着ていきましょう。そのうえで、みんなから「変わった人だね」と言ってもらえたらしめたもの。少しずつ「みんなと違う」方向へ向けて努力すれば、少々変わった言動をしても大目に見てもらえるようになります。残業しないでさっさと帰っても「しょうがないね」と許されます。

「みんなと違う」。それは間違いなく21世紀の「ほめ言葉」なのです。

「奇襲で勝つビジネス心理戦」は火曜更新です。次回は3月28日の予定です。

田中靖浩(たなか・やすひろ)
田中公認会計士事務所所長。東京都立産業技術大学院大学客員教授。
1963年三重県出身。早稲田大学商学部卒。「笑いの取れる会計士」としてセミナー講師や執筆を行う一方、落語家・講談師とのコラボイベントも手がける。著書に「良い値決め 悪い値決め」「米軍式 人を動かすマネジメント」「実学入門 経営がみえる会計」(いずれも日本経済新聞出版社)など

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