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経営統合前の三越社長時代、三越伊勢丹ホールディングス誕生に弾みをつけた本に出合う。

三井呉服店を百貨店の三越に変革した日比翁助という先覚者がいます。その口述による『商売繁昌の秘訣』を初めて手にしたのは2006年ごろでした。100年も前のものなのに、今も通用する内容に驚きました。実は本が三越にも無くてコピーを読んだのです。直ちに古書を探して、今は大切に保管しています。

巻頭言に「己(おの)れ利せんと欲せば、先(ま)づ人を利し。己れ達せんとせば、先づ人を達せしめよ。是(こ)れ商店の秘訣なり」とあります。書き出しはこうです。「昔と今とは商売の仕振(しぶり)が違って来た」。昔はマッチをくれときたら、マッチを渡せば、客は満足した。しかし世が進歩すると、客の要求は高まる。マッチに加えて「一服おつけなさい、御茶(おちゃ)を召し上(あが)れ」という具合に、もてなす必要がでてくる。また「射幸的方法に依る売出(うりだ)しは不可」と、福引や景品などに頼る商法を戒めています。

経営統合に合意した伊勢丹の武藤信一社長に日比翁助の話をしたら、武藤さんも興味を持ち『商売繁昌の秘訣』を読みました。「すごい本だ」と共感して、自ら感想を交えて書き留めたメモを私にくれたほどです。

日比翁助は、利益は新たな顧客満足のためにも投じるべきだと述べています。店づくりの基本も今と変わりません。「私がやってきたことと同じだ。統合でこれを目指そうじゃないか」と言う武藤さんと、思いは一緒です。心を一つに三越伊勢丹ホールディングスは生まれたのです。

 人間性の本質を見つめながら、経営を考えている。

商売の原点は時代を超えて変わりません。社長になってから、最高の経営者だと思う松下幸之助の本を随分読むようになりました。

いしづか・くにお 1949年生まれ。72年東大法卒、三越入社。2003年執行役員、05年社長。08年4月三越伊勢丹ホールディングス社長、12年2月から現職。

いしづか・くにお 1949年生まれ。72年東大法卒、三越入社。2003年執行役員、05年社長。08年4月三越伊勢丹ホールディングス社長、12年2月から現職。

わかりやすく、心にすっと入ります。どこを開いても、考えるヒントがたくさん出てきます。例えば、『商売心得帖』には「利は元にあり」と、成功するにはまずよい品を上手に仕入れることからだと。

『実践経営哲学』は、成功したときは謙虚に「運がよかった」、失敗したら「原因は自分にある」と考えなさいと書いています。反省なくして進歩なしです。とかく「天気が悪かったから」とか他に原因を求めがちですが、たとえ不況でも「やり方しだい」だとクギを刺しています。

私が社長になったとき「具体的な指示を出してほしい」という声が現場から上がりました。社長がいちいち指図するのはおかしい。権限を委譲しているのだから「自分で考えなさい」と言いました。上を見る姿勢が身についた指示待ちの人は、自分で判断するのを避けます。もっと言えば自由に考えるのが怖いのです。

エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』が指摘している点と共通しています。人間は自由を与えられると、かえって重荷に感じて、逃れたがる。ヒトラーのような独裁者が生まれたゆえんです。会社の中でも、同じようなことが起きます。

 楽しむ本や知的興味を満たす本も幅広く読んでいる。

私は乱読で、中学3年くらいから、シャーロック・ホームズに始まって海外のミステリーを読みあさってきました。ディック・フランシスの作品は全て読みました。作家は元騎手で競馬にからむミステリーです。

三井住友トラスト・ホールディングスの北村邦太郎社長が、マイクル・コナリーを好きだと知って、会った時に「私も全部読んでいますよ」と申し上げたら、話が弾みました。北村さんと海外ミステリーを語る会を作り、今では同好の士を集めて定期的に、わいわいやっています。

海外小説で1冊を挙げるなら、カズオ・イシグロの『日の名残り』です。英国で執事の仕事に没頭してきた主人公が旅に出て、最後に夕暮れ時の桟橋で、ある男から人生に重ね合わせて「夕方が一日で一番いい時間だ」と語りかけられます。悔恨が多少あろうとも、晩年が一番いいと言えるようになりたいものです。

今年読んだ中では、関川夏央の『人間晩年図鑑』が最もよかったですね。著者は私と同じ年生まれの団塊の世代で、取り上げている人物は、同時代をともに生きた人たちです。

田中角栄、オードリー・ヘップバーン、ハナ肇は同じ93年に亡くなったのかなどと思いつつ読みました。私も晩年に近づき、それぞれの最期や人間模様に興味が尽きません。

(聞き手は森一夫)

【私の読書遍歴】
《座右の書》
『商売繁昌の秘訣』(日比翁助述、菊池曉汀編著、大学館)
『商売心得帖』(松下幸之助著、PHP文庫)
《その他愛読書など》
(1)『自由からの逃走』(エーリッヒ・フロム著、日高六郎訳、東京創元社)。
大学入学直後に読み感銘。
(2)『興奮』(ディック・フランシス著、菊池光訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)
(3)『日の名残り』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、ハヤカワepi文庫)
(4)『人間晩年図鑑』(1990―94年と1995―99年の2巻、関川夏央著、岩波書店)
(5)『横しぐれ』(丸谷才一著、講談社文芸文庫)。
こうした小説以外に、評論、エッセーなど、ほとんどを読んだ。80歳を超えた人とは思えない若々しい文章を亡くなるまで書き続けた点に魅力がある。
(6)『本を読む本』(M・J・アドラー、C・V・ドーレン著、外山滋比古・槇未知子訳、講談社学術文庫)。
若いころに読んでおきたかった。
[日本経済新聞朝刊2016年12月4日付]

「リーダーの本棚」は原則隔週土曜日に掲載します。

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