歴史や宇宙の真理に興味津々
日本貨物鉄道(JR貨物)会長 石田忠正氏
色々な土地でバラバラに得た知識や体験を一連のものとして整理し、目を開かせてくれたのが和辻哲郎の『風土』でした。アジアから欧州までを3分割し、それぞれの気候、風土、民族などの特徴を鮮やかに解明しています。中でも台風や大雪など厳しい自然に鍛えられた日本人の勤勉性、繊細性、あきらめ、沙漠(さばく)の民に不可欠な宗教心や闘争心、そして針葉樹のように整然とした欧州の論理的、哲学的な思考といった分類には説得力があり、今日の世界をも見事に見通しています。こうした比較文明論や地政学の観点からは『文明の生態史観』や『大航海時代』『海の都の物語』『蒼き狼』などが面白く、歴史の流れも分かります。
アジアから中東、欧州を歩くと、国境を越えるごとに肌の色や言葉、食べ物などが変わりますが、全体を通してみると一連の帯のようにつながっていることが実感できます。15年ほど前、日英同盟100周年の年にロンドンの新年会で、「英国と日本はユーラシア大陸の西と東のはずれの島国だが、共に長い歴史と伝統を有し、世界を代表する海洋国家だ」と祝辞を述べたことがあります。くしくも英国は欧州連合からの離脱を決め、一方、日本は中国などと対峙しています。米国の新政権も心配ですが、長い歴史の中の一時的な現象と思いたいものです。
いしだ・ただまさ 1945年熊本県生まれ。慶大経卒。日本郵船副社長、日本貨物航空社長、東大特任教授、がん研究会常務理事などを経て2013年から現職。
郵船時代に30代で労務を担当していたころ、組織革新研究会という集まりの合宿に参加しましたが、その体験は衝撃的で、今でも私の原点です。研究会の指導者は、労使関係や人心の荒廃した工場を最優良工場に更生したソニーの小林茂常務でした。同氏は『第三の道』などを著し、産業界や子供の教育にもブームを起こしました。基本は上からの強制ではなく、自ら学び、気づき、行動を起こさせる、人の心と能力への信頼を基本とした経営哲学でした。
『組織開発』の著者、伊藤龍氏は、人は目に見えない集団規範(企業文化)に縛られており、これを壊さない限り行動は変わらないと力説しました。この教えはその後私の大きな指針になりました。数年前に有明病院の経営再建を手がけましたが、日本を代表する医師や研究者、献身的な看護師など優秀な職員ばかりにもかかわらず、長年赤字でした。そこで職種を超えた合宿を実施したところ、各人の気づきや風土の変化が生まれ、それが原動力になって病院は大きく変わりました。全員の努力の成果です。
優秀な人を集めながら、危機に陥る組織はたくさんあります。個々人の能力をフルに発揮できる仕組みと文化をつくることが、業界を問わず経営の基本と痛感しています。
色々な動物の生態を解き明かすNHKの「ダーウィンが来た!」は毎週見ています。研究所でその話をすると、生物学の大家たちが「私も見ています」「生き物って不思議ですね」と真顔でおっしゃる。少年のような好奇心や自然への敬虔(けいけん)さが偉大な研究を支えているのだと尊敬の念を新たにしました。
自然科学全般にも興味があります。『宇宙はなぜ美しいのか』を読むと、宇宙も生物も万物は素粒子でできており、この世界は首尾一貫した統一セオリーで成り立っているとあります。これで学生時代以来もやもやしていた物理と化学、生物の関係についての謎が解けたと、目の前が明るくなりました。
一方、『宇宙は本当にひとつなのか』によると、素粒子だけでは説明がつかず、無数の多次元宇宙が存在する。しかし、最新の超ひも理論は相対性理論と量子力学を統合し、マクロからミクロまで宇宙のすべてを解明する可能性を秘めている、とのこと。人工知能なども活躍するのでしょう。もう私の理解を超えています。
私の読書はジャンルを問いませんが、素晴らしい本に出合うとその世界に引き込まれます。そして脳の中に小宇宙が広がります。様々な分野に共通する物事の本質や真理、その根源にある宇宙の神秘や創造主の意図などに思いをはせる時、読書の喜びに浸ります。隣にお酒でもあればもう何も言うことはありません。
(聞き手は編集委員 西條都夫)
「リーダーの本棚」は原則隔週土曜日に掲載します。