天然スイーツ、丸干し芋 焼けば「外カリ中しっとり」
冬の茨城を味わう(1)
添加物を加えない自然素材ながら、豊かな甘さを味わえる冬の味、干し芋。全国の生産量の約9割を県内で生産するという、まさに「茨城の味」だ。
干し芋のルーツは江戸時代の静岡。明治に入り日露戦争が始まると、戦場で食べる「野戦食」に採用され、干し芋づくりが全国に広がる。この時期に、那珂湊(現ひたちなか市)でも生産が始まり、原料であるサツマイモの栽培に適した水はけのよい土壌だったこともあり、同地に根付いていく。
「野戦食」というと、味や食感よりも携帯性や保存性が優先されるもの。かつては奥歯で噛みちぎるような、かちかちのイメージだったが、近年は芋の品種改良や製造法の進歩で、柔らかく甘味が豊かで、色味もいい干し芋が増えた。
その中でも注目を集めているのが「丸干し」だ。
干し芋は、縦に薄くスライスした芋を干す「切り干し」が一般的だが、芋の先端部分やそもそも小さな芋などはスライスせず、丸いまま干す。かつては出荷には回されず、自家消費されるものだった。
厚みがあり、中心部は乾ききらずにしっとりとした食感になるため注目され、現在では、店頭にも多くの丸干しが並ぶ。
ただし「切り干し」に比べ乾燥に時間がかかるのと、そもそも数に限りがあるため、あまり県外には出回らないという。
そんな丸干し芋の魅力を探るべく、ひたちなか市にある干し芋農家・大須賀優さんの作業場をたずねた。
大須賀さんの干し芋づくりは、まず10月の収穫から始まる。掘り出された芋は集められて約2カ月間ビニールハウスの中で貯蔵される。2カ月寝かせる間に、芋のでんぷんが糖へと変わり、甘味が引き立つのだ。
干し芋づくりがスタートするのは12月。芋の糖化のタイミングとお歳暮需要に対応するためだ。
最初の工程は蒸し。芋は茹でるのではなく、蒸して火を通す。
蒸気が十分に回って、芋が柔らかくなったら次は皮むき。芋は寝かせられることででんぷんの糖化が進むが、一方で腐ってしまうリスクも生じる。貯蔵前に腐りにくくする加工は施すものの、それでも表面に近い部分は痛みやすいという。どの程度周囲を削るか、慎重に見極めながら包丁でそぎ落とす。
干す前の芋を味見してみる。甘くておいしい芋だが、干し芋特有の奥の深い甘味ではなくさらっとした甘さだ。また食感も「ふかし芋」そのままで、干し芋特有のねっとり感はもちろんない。
皮むきが終わると、丸干しは乾燥の作業に入るが、切り干しならスライスが必要。
ただし、包丁は使わない。蒸されて柔らかくなった大ぶりの芋は、一定間隔に張られたピアノ線の上から軽く押し下げるだけ。軟らかい芋が潰れることなく、簡単に薄切りできる。
これを、丸干し切り干し別々に、一定間隔で網の上に並べていく。ここまではすべて手作業だ。
乾燥は、今シーズンから導入したという乾燥機にまず入れる。その後、畑のビニールハウスで太陽光にさらせば完成だ。
青空の下、網の上に芋がずらりと並ぶ光景は圧巻だ。そして、色鮮やか。原料の芋によって、それぞれ色が微妙に違うのだ。
人気が高いのは紅はるか。土地・気候への適応が高く、病気にも強い。何より強い甘味が売り物だ。
ヘルシーレッドは、ニンジンとかけあわせた品種。通称、ニンジン芋。ベータカロチンが豊富で、色も鮮やかなオレンジ。ちょっと酸味があり、独特の味わいになる。
玉豊は、干し芋の歴史そのままのスタンダードな品種。紅はるかと比べるとさわやかな甘さ。地元の人には、昔ながらの味わいと人気が高いという。
出荷は直販が多いという。大須賀さんはじめ近隣の農家はそれぞれ得意先を持っていて、注文に応じ、直接顧客に発送する。
近くには直売所もある。JA常陸長砂直売所では、店頭に多くの干し芋を揃える。丸干し、切り干しとも、品種ごとに数多くの商品を並べる。
地元らしいのが「切り落とし」。加工の途中で出る、はじっこや不格好な干し芋を集めたもので、その分価格はお手ごろになる。
東京都心でも、品種や丸干し切り干しを選んで干し芋を買える場所がある。銀座にある茨城県のアンテナショップ「茨城マルシェ」だ。
今の季節なら、様々な干し芋が、ずらり店頭に並ぶ。そもそも保存食なので、シーズンオフでもここなら干し芋が手に入る。
大須賀さんに聞くと、地元ではそのまま手でつまんで食べることがほとんどだという。ただ、熱を加えると柔らかさが増すため、ストーブの上などにのせ、温めて食べることもあるという。
エアコンの効いた部屋なら、丸干しをトースターや焼き網などであぶって焦げ目をつけてみてはどうだろう。香ばしくなり、表面の「カリっ」と中の「しっとり」のコントラストがいいあんばいだ。
冷凍するとさらに日持ちが良くなるので、買ったら小分けにして冷凍しておき、食べる分だけその都度あぶる…そんな食べ方も、冬の味を長く楽しむにはいいだろう。
(渡辺智哉)
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