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タクシー料金は本当に安くなったのか?

「初乗410円」。これまでより安いタクシーが東京の街を走り始めました。以前の初乗り料金は730円だったので、一見値下げに見えます。でも、実際のところ、そう単純な話ではありません。

これまでは730円で2キロメートルまで行けましたが、新たな410円では約1キロメートルまでしか行けません。そして約6.5キロメートル以上を走ると、これまでより割高になるようです。つまり「初乗り料金」を値下げしつつ、長距離については値上げしているわけですね。

似たような「奇襲」は、すでに携帯電話の料金でも用いられています。たとえば大手携帯会社の「家族間通話無料」。「お、家族の通話がタダなんだ」と思わず家族全員分を契約してしまったお父さん(私を含む)は、しばらく経ってから気が付くのですよ。「家族間でほとんど通話などしていない」という事実に。どこの夫婦が仲よく長電話しますかって。あるいは息子や娘と長時間話せる父親がいたらお目に掛かりたいものですわ。

この料金体系は、ほとんど通話されない「家族間通話」を無料にして契約者を誘いつつ、それ以外の長時間通話についてはしっかり稼いでいるのです。実際に長時間通話される「不倫間通話」について割引があるという話を聞いたことがありません。目立つところを値下げしつつ、ほかのところでしっかりもうける。そんなプライシング奇襲はこれからも増えていくことでしょう。

目先を操れば、別のメッセージを送り込める

似た例をもうひとつご紹介しましょう。今度はタクシーに代わって鉄道のお話です。某鉄道会社ではダイヤ改正の際、列車の運行本数を減らしました。もちろん売上が減ったことによる経費削減の一環です。1日全体の運行本数を削減すべく、昼間の運行本数を相当カットしました。しかし、朝夕のラッシュ時だけは少し増便したのです。その上で世間にはこう告知しました。

「ラッシュ時、増便」

うそではない。確かに正しい。経営の世界でいう「選択と集中」と言えばその通り。でも、なんだかねえ。

「人は見たいものしか見ない」とはカエサルの名言。今のように情報があふれる世の中になると、なおさらその傾向が強くなります。どうやら私たちの認知能力には限界があり、無意識のうちに注意力は限界を迎えてしまうようです。

ABC / PIXTA

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複雑な料金体系を目に前にすると、その全貌を理解することなく、「まあいいや」と選択してしまう私たち。そんな私たちの性質をうまく利用しているのが「目立つところをおとりにして、ほかで稼ぐ」作戦のようです。私たちの注意力はゼロサムゲームのようなもの。どこかに注意が向くと、ほかのところがおろそかになりがちです。

ネットショップで買い物をするとき、やっぱり気になってしまうのが送料。何となく「送料無料」の一言に心ひかれてしまう人は多いはず。だとすれば、商品価格を安くして送料を有料にするより、商品価格を高くして「送料無料」にしたほうが心理的にはうまくいく可能性が高そうです。これも「なんだかねえ」という感じではありますが。

上司に飲み代をおごらせる、とっておきの奇襲

それにしても、奇襲にやられっぱなしでは納得できません。親愛なる読者の皆さんには、「奇襲を繰り出す側」になってもらいたい。ここで私がとっておきの奇襲策を授けましょう。それは「たった410円で上司に飲み代をおごってもらう」という大技です。決して他言しないようにしてください。

仕事が終わって「さあ飲みに行こうか」と街へ繰り出すとき、仮に飲み屋まで歩いて行ける距離だったとしても、「タクシーで行きましょう!」と宣言してください。タクシーを止めたら上司を後部座席に押し込み、あなたは助手席に座ります。目的地に着いたとき、間違いなく後部座席の上司から「俺が払うよ」と手が伸びてきます。これをキッパリと拒否してください。そして、こう言うのです。

「ここは私が払います」

毅然とした態度を示し、上司に払わせることなく自分で払うこと。初乗り料金も410円と安くなったし、近所なら大した金額ではありません。そうすれば、あとでいいことがあります。きっと飲み会の支払いの際、上司から「お前はさっきタクシー代払ったからいいよ」と言ってもらえます。もし上司が「もう一軒行こう!」と言いだしたら、再びタクシーを止めて同じ手を使ってください。経験的に2回までは大丈夫です。

連載の第1回に書いたとおり、奇襲では「相手の立場に立って考える」ことが基本。私の研究結果によれば、酩酊状態に陥った上司はだんだん正確な計算ができなくなり、「お前はさっき払ったから」と「払った回数」くらいしか覚えていません。そんな「酔っ払いの性質」を考慮すると、「目立つタクシー代を負担して、飲み会でゴチになる」という奇襲はかなり成功確率が高いのです。

奇襲は基本的に弱者の戦略です。金がないとお嘆きの読者の皆さん、ぜひこの奇襲をお試しあれ。

「奇襲で勝つビジネス心理戦」は火曜更新です。次回は2月28日の予定です。

田中靖浩(たなか・やすひろ)
田中公認会計士事務所所長。東京都立産業技術大学院大学客員教授。
1963年三重県出身。早稲田大学商学部卒。「笑いの取れる会計士」としてセミナー講師や執筆を行う一方、落語家・講談師とのコラボイベントも手がける。著書に「良い値決め 悪い値決め」「米軍式 人を動かすマネジメント」「実学入門 経営がみえる会計」(いずれも日本経済新聞出版社)など。

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