海を望むイタリアン 三浦半島の野菜、地魚にこだわる
三浦半島・三崎でまぐろ三昧(3)
三崎は三浦半島の先端にある。鉄道はJR横須賀線なら久里浜まで、京浜急行も三崎口までだ。三崎港までは、しばらくバスに揺られることになる。
そんな三崎までの車窓で目につくのは、広大な畑。首都圏に近い三浦半島は、野菜の一大産地でもある。三崎でも、そんな三浦半島の野菜が味わえる。三崎港に面し、カウンターからは海が見えるイタリアン「Misaki Italiano Bocca」は、そんな三浦半島の野菜と三崎の地魚にこだわったお店だ。
オーナーシェフの安達悟さんは、かつて新宿でイタリアンのお店を経営していた。しかし、三崎の食材にほれ込み、足繁く三崎に通い、ついには店を三崎港の真ん前に移した。新宿時代は雑居ビルの裏側が見えていたというキッチン向かいの窓からは、今ではカウンター越しに、青く輝く海が広がる。
三方を海に囲まれた三浦半島は、冬温かく、夏涼しい。温暖な気候を生かし、古くから露地野菜中心の農業が盛んだ。特に三崎のある三浦市は、神奈川県を代表する野菜の産地として、全国的にも名を知られる。
冬は大根、キャベツ、夏はスイカ、カボチャ、メロンなどが主たる産品だが、東京が近いこともあり、フレンチやイタリアンなどで使われる珍しい西洋野菜の生産も行われている。
「Bocca」では、そんな三浦半島の野菜を、季節に合わせてふんだんに料理に取り入れる。使う野菜は、朝、取りれたてを農家から仕入れたものだ。
「超薄焼三浦野菜のサラダのせピッツア」には、薄く焼いたピザ生地の上に葉ものからトマトまですべて三浦産の生野菜をたっぷりのせる。具が生野菜なので、石窯では焼かない。ただし、サラダの上に粉チーズがのる。ピザの証だろうか? しかし、これが味のいいアクセントになっている。
サラダはなかなかメインにはなりにくいメニューだが、こうしてピザ生地の上にのせれば主食にもなる。ホットスパイスをかければ、さらに味が膨らみ、ワインにも合うに違いない。
イタリアンで野菜を堪能したかったら、バーニャカウダーだろう。「Bocca」では、季節ごとのおいしい野菜を選び、バーニャカウダーの構成も季節によって異なるのだという。冬は大根など根菜が特においしい。
三浦半島の根菜といえば、地名がそのままブランドになった三浦大根を誰もが思い浮かべるだろう。白首系の巨大な大根だ。
かつては、冬の大根として広く流通していたが、1979年の台風で壊滅な被害を受けたのをきっかっけに、核家族化もあり、手頃な大きさの青首大根に主役の座を奪われてしまった。しかし、肉質が緻密で柔らかく、煮崩れしないのため、地元では今でも愛され続けている。
前回の「海舟」同様「Bocca」にも三浦大根のステーキがある。「海舟」のまぐろあんに対し、合わせるのはフォアグラ。あっさり味の代表のような大根と濃厚さが魅力のフォアグラの組み合わせだ。はたしてどんな調和を見せるのか、食べる前はちょっと懐疑的だったが、食べてみれば大満足。
フォアグラの味の強さに大根の影が薄くなってしまうのではという心配は杞憂だった。繊維のしっかりした三浦大根が、見事なまでにフォアグラを受け止めている。一方で、こんなにたっぷりフォアグラをのせてもくどくならないのは、やはり大根のおかげだろう。大根とフォアグラ、その持ち味が見事に調和している。
冒頭に「Bocca」は、三崎の地魚にもこだわっていると申し上げた。もちろんまぐろを取り入れたメニューもあるが、最後に三崎の沿岸で獲れる魚介と三浦半島の野菜を使ったひと品をご紹介しよう。
「地タコのスモーク サラダ仕立て」だ。
三崎から城ヶ島大橋を渡れば、30分ほどで城ヶ島につく。城ヶ島漁協では、貝類や海藻など地物の魚介を水揚げしている。夏は裸もぐり漁、寒い時期は見突き漁が盛んだ。
船上から、箱メガネで海中を覗き、長い柄のついた漁具で採る漁法だ。アワビやナマコ、伊勢エビも揚がる。タコも名物だ。
そんな地物のタコを、安達シェフが自身の手でスモークする。薫製香がちょっと強めなタコのスモークは、あっさり野菜と絶妙な組み合わせ。しっかりしたタコの食感と合わせて、野菜をたくさん食べつつ満足感が高い。
この3皿を3人でいただいたのだが、食後の満足感は高かった。野菜をたっぷりと取り入れながらも、フォアグラの濃厚な味わい、ピザの小麦粉…野菜だけの料理には不足しがちな要素をしっかり取り入れたことが、満足感につながっているのだろう。
安達シェフは、店の繁忙期が過ぎると、何日か店を閉めて、各地を食べ歩くという。話すと全国のご当地の味に対する造詣も深い。この強い好奇心が、三崎に通い詰め、ついには三崎に店を移した背景にあるのだろう。
その好奇心をフル回転させた三浦野菜への深い知識が、三浦野菜をよりおいしくさせる調味料なのだろう。
(渡辺智哉)
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