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xiangtao / PIXTA

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話すより聞くほうが大事だと頭でわかってはいても

「サラリーマンの給料の4割は聞くことで得ている」――。私が8年ほど前、某研究者の言葉として目にしたものだが、「スマホでメール」の現在でも「聞くことの大切さ」が減ったとは思えない。

「そりゃあ、そうですよ。入り口はメールのやり取りでも、最終的にはクライアントに直接会って意向を聞いて、それを上司に上げて指示を聞いて、社内でもんで反応を聞いて……とにかく実感としては、話すより聞く方がずっと多い」。イベント会社で営業を担当する某社の課長が、これに続けて気の利いた格言を持ち出した。

「人間の舌が1枚なのに、耳がふたつあるのは、自分の話をするより相手の話を聞くことの方が大事だからって、大昔から言うじゃないですか」――。「あんたの舌は時々、2枚になってるよ」と突っ込みを入れたくなる彼でさえ、ビジネスという修羅場を乗り越えるうちに「人の話に誠実に耳を傾けることの大切さ」は理解したようだ。

興味のあるテーマや、会ってみたかった人はかえって危険

私も「人から話を聞くことを生業(なりわい)」にしているから、「聞くことの大切さ」はわかっているつもりだったが、いまだに「聞けなくて大失敗」なんてことがある。「最後の秘境 東京藝大」(新潮社刊)の著者、二宮敦人さんをラジオの生放送のゲストに招いたときのことだ。

二宮さんのこの本は、発売直後、知り合いの編集者から「梶原さんの好きそうな本を1冊送っておきました」と言われ読んでいた。あまりの面白さに身もだえした。「東京芸大とは何と魅惑的な異次元ワールドなのか!! ぜひこの方から話を直接、じっくり聞くぞ!!!」

実は、こういう精神状態でのインタビューは非常に危険なのだ。若い頃、しばしば痛い目にあっている。

先輩ディレクター「お前が会いたいって言うからゲストによんでやったのに、お前ばっかり興奮してべらべらしゃべって、肝心なゲストから、まともな話がひとつも聞けてなかったじゃないか(怒)!」

「興味・関心が高い人」を前に「絶対におもしろい対談で盛り上がるんだ!」と気張れば気張るほど会話は空回り。結果としてインタビューは大失敗。さすがに40年もこの仕事をやっていたから、まさかそんなことにはならないと思っていたら、久方ぶりにやらかしてしまったのだ。

プラナ / PIXTA

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相手のせりふを強奪して、自分との「ひとり対談」に

番組終了後、録音の冒頭部分を聞いて青ざめた。「いやあ、お会いしたかったあ!」という私のあいさつの勢いがすでに尋常ではなかった。ひるんだ二宮さんが言葉を発するのを制するように、私は「最後の秘境」の「解説」をとうとうと始めていた。作品について誰よりも知っている著者本人に向かってべらべらベらと、一方的にまくし立てている……異様だ。

梶原「東京芸大には絵画、建築などの学科がある美校とピアノ・バイオリン・声楽などが集う音校があるが、どっちの所属かは、一目見ればわかるんですってね」

二宮「はい、そうなんです、区別は、えー」

(説明をさえぎるように梶原、カットイン)

梶原「美校は男女を問わず、ガテン系肉体労働者集団。音校はおしゃれなスーツにバイオリンケースを提げたお嬢様風が高級外車から降り立ってきて、対照的なんですって?」

二宮「ええ、もうその通りで、私も実際見てビックリしました」

梶原「芸大の生協には防毒マスクまで売られているんですよね?」

二宮「普通、信じられませんでしょ? それが」

(梶原、話を聞かず、カットイン)

梶原「卒業生の半分が行方不明なのは当たり前、逆に、卒業してキッチリ企業に就職する人は落伍者といわれるんですよね?」

二宮「え? ええ、はい(笑)」

二宮さんの笑顔は、私が著者の作品を深く理解し、賞賛していることへの「良い反応」だと大勘違い。録音を聞けば完全に「戸惑いの苦笑」だったのだ。

私の「悪のり」を上手にかいくぐりながら、実は二宮さん、取材エピソードをいくつも披露してくれていた。

二宮「芸大生はまだ20歳前後の若さなのに、努力に見合った対価を得られない人生を送ることへの覚悟をキッチリ持っている。僕なんか、彼らに比べれば実にちゃらちゃら生きている」「取材対象者を紹介してくれた妻(家賃6万円のアパートで同居する現役芸大美校生)はお金を使わず、必要な物は、スプーンも机もいすも自分で作っちゃう。無人島に行くなら妻を連れて行きたい」

こういう「いい話」「広がりそうな話題」も「自分が話すことに夢中なアホ」はスラッと聞き流した「残念な実態」を録音で聞き、頭を抱えた。この時の私のような姿勢で話をしたら、社内打ち合わせであれ、商談であれ、合コンであれ、周りは困惑し、腹を立て、しまいには誰からも相手にされなくなるだろう。

自分の過剰なしゃべりにブレーキをかける方法

私ほどひどくなくとも「下調べした成果は全て話さないと気が済まない」「自分の、豊富な話題、軽妙な会話で大事な人をうならせたい」なんて「下心」から「懸命に話しがち」な人はどうすれば良いのか?

私がその答えをここに書いても、はなはだ説得力に欠けるが、先輩たちはこう教えてくれていた。

「大事な会話のときは相手に気付かれないようにそっと自分の唇に指を当ててみるとよい。動きすぎだ、と思ったら、話すのをいったんやめることだ。唇が止まれば、耳が動き始める」

「『口数を減らせば、耳に入ることが多くなる』。このロシアのことわざを座右の銘としておきなさい」

梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は2017年2月2日の予定です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。著書に『すべらない敬語』など。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。

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