大騒ぎの酔っ払いが、電車に乗ると無言になる理由

「ちょっと待った!」。再び私は声を上げた。私に言わせれば「月に67.6分じゃあ、1日2分しか話せない。そんなんで満足する人間がどこにいる!!」だ。怒りがこみ上げてきたのだ。

「話にならない!!(怒)」……というこの話を某大学生たちにしたら「ブログの人の言っている方が普通じゃないかなあ」「スマホで電話って、いつしたか思い出せない……」などと、ふぬけたことをいう連中が現れた。学生たちは「スマホ」の「ホ」が「フォン(電話)」であるという認識がほぼゼロだ……。

平均1カ月ではなく1日67.6分以上。取材めいたことになれば2~3時間連続通話も珍しくない私にとっては、「通話し放題プラン」が万一廃止されたら死活問題。しかし、このサービスをさほどありがたく思わない人が増えているとのブログの主張は、残念ながらあり得る話のようなのだ。

険しい表情でも甘い言葉を「書く」ことはできる

列車内でのケータイ電話による通話が問題になったのははるか昔のことだ。今では、そもそも混み合う電車の中で「大きな声で会話する人の姿」など、めっきり減った。

夜遅く集団で乗り込んでくる、少々お酒に酔ったにぎやかそうな連中でさえ、電車に乗り込むなり、「車内マナーを守る物静かな若者たち」に変貌する。彼らが道徳心あふれる好青年だから、ではない。電車内は「命より大事なメールとLINEの確認場所」だからだ、と私は思う(違うかも……)。

これは何も連中だけの話ではない。会社帰りのサラリーマンも、デートを終え彼女を自宅まで送る彼氏も、送られる彼女も、女子会を終えたおばさんグループも……。ひとたび車中の人となれば、人類にとってその場所は、あたかも「私語厳禁の世界」であるかのように、会話も、もちろん笑い声も聞こえてこない(下手な翻訳ものみたいな表現だ……)。

(写真:PIXTA)

嘘だと思ったら夜11時を過ぎたあたりの地下鉄に乗ってみるといい。全員がそれが義務、仕事のようにスマホを開き、メールやLINEのチェックと送受信を黙々とこなし始める。どうやら我々のコミュニケーションは「音声会話」から「文字送受信」へと大きく舵(かじ)を切った現れがここにあるともいえる(いえないかもしれないが……)。

かつて著名な作家から、思うように作品が書けないとき、夜の混み合う電車に乗って、人々が語り合う話を盗み聞き、そこから様々な物語を紡ぎ出したと伺ったことがある。私もそれをまねて、じゃれ合うカップルの痴話げんかめいた会話を興味深く聞くウチ、電車を乗り過ごし、中央線の終点・高尾駅から帰れなくなった昔を思い出した。

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